|更新日 2023.2.25|公開日 2017.8.07

1|相続の承認・放棄の制度

 承認・放棄ができるワケ

趣 旨
相続するかどうかは、相続人の意思に任せる
 被相続人が死亡して相続が開始すると、相続人は「自分の意思に関係なく」被相続人の財産を「包括的に承継する地位」につくことになります。
 しかし相続財産は、不動産や現金・預貯金などのプラス財産だけではなく、多額の借金などマイナスの財産を含むこともあり、ときにはマイナスの方が多い場合もあります。これを相続の開始と同時に、当然に相続人に帰属すると決めることは、相続人に深刻な不利益を与えることになります。

 そこで民法は、相続人は「相続を強制されるわけではなく、自らの意思によって、相続しなかったり、あるいは一定の範囲でのみ相続することができる」というようにしました。
人の意思に反して義務を負わせるべきではない」という近代市民法の大原則に基づき、相続するかどうか(相続の承認または放棄)について、相続人の意思を尊重したのです。
 これが、相続の承認・放棄という制度です。

 こうして民法は、相続人に一定の期間(熟慮期間)を与えて、この期間内に「単純承認」「限定承認」「相続放棄」のいずれかを選択できるようにしたのです。

 承認・放棄を考える熟慮期間 

熟慮期間は3か月
 相続人は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、単純承認か限定承認、または相続の放棄をしなければなりません。
 この期間は、相続財産の内容を十分に調査して、相続するか放棄するかを考慮する期間であり、また、被相続人の債権者相続債権者に対しても、権利関係の早期安定を図る趣旨でもあります。

 3か月以内に「限定承認」または「相続の放棄」をしなかったとき(つまり放置していたとき)は、相続人は「単純承認をしたもの」とみなされます。3か月の期間は、「利害関係人」または検察官の請求により、家庭裁判所において伸長することができます。莫大な相続財産の調査に時間がかかる場合がこれにあたります。

起算点は知った時
 この期間は、相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算されます。「知った」といえるには、「被相続人が死亡して相続が開始された事実」を知っただけでは足りず、「自分が相続人となった事実を知った」ことまで必要です(大決大15.8.3)。したがって「相続人が数人」いるときは、熟慮期間は相続人ごとに別々に進行することとなります(最判昭51.7.1)

 なお、3か月の期間内に限定承認または相続放棄をしない場合には「単純承認をしたものとみなす」(921条2号)とされますが、相続開始を「知らない」場合には、たとえ3か月が経過しても単純承認をしたものとはみなされません。熟慮期間は、承認か放棄かを考慮するゆとりを与える趣旨なので、相続人は相続開始を知っている必要があるのです。

 相続人が未成年者または成年被後見人であるときは、その法定代理人が「これらの者のために相続の開始があったことを知った時」から起算します。

承認・放棄の性質

「撤回」できない
 単純承認・限定承認・相続放棄の効力は、確定的です。1度なされた承認・放棄は、たとえ熟慮期間が残っていたとしても、もはや撤回することはできません。

承認・放棄の「取消し」
 承認・放棄も意思表示なので意思表示の原則に従い、制限行為能力や錯誤・詐欺・強迫を理由として取り消すことができるのは当然です。
 なお、「限定承認」と「相続放棄」を取り消すときは、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません。相手方に対する意思表示によって行うのではないのです。

2|相続の承認

 相続の承認には、単純承認限定承認の2タイプがあります。

 単純承認

意 味
 単純承認は、被相続人の権利・義務を全面的に承継することをいいます。
 民法は、この単純承認を「相続の本来的形態」として、相続人が「3か月の期間内に限定承認も相続放棄もしないとき」は、単純承認をしたものとみなしています。単純承認は、必ずしも積極的にその旨を意思表示しなくてもよく、家庭裁判所への申述も不要です単純承認の不要式性

 法定単純承認

意 味
 法定単純承認というのは、相続人に一定の事由があれば「単純承認とみなす」ことをいいます。単純承認とみなされるので、もはや限定承認も放棄も許されません。

法定単純承認の事由
 法定単純承認とされる事由には、処分、期間経過、背信行為の3つがあります。

処分による単純承認
 遺産を売却する、物品を壊すなど、相続人が「相続財産」の全部または一部を処分したときは「単純承認をしたものとみなされます」。
 経済的価値の高い美術品を「形見分け」したり、相続債務の代物弁済として「相続不動 産を譲渡」することは処分とされます。相続債権(賃料債権の支払い)を取り立てて「収受領得」することも処分にあたります(最判昭37.6.21)

 法律行為に限らず「事実行為」も処分になります。故意に相続家屋を「放火」したり、高価な美術品を「壊し」たりすれば、単純承認とみなされます。

 ただし、相続人は、承認・放棄をするまでは、相続財産の管理人的地位に置かれるため保存行為短期賃貸借をすることは、処分にはあたりません。たとえば、相続財産の「不法占拠者に対する明渡請求」は保存行為であって、処分とはなりません。

期間経過による単純承認
 3か月の期間内に、限定承認または相続放棄をしないでその期間が経過したときは「単純承認をしたものとみなされます」。単純承認を相続本来の形態として、権利関係を早く確定させるためです。
「単純承認の意思がなかった」ことを立証しても、認められません。

背信行為による単純承認
 限定承認または相続放棄をしたであっても、相続財産の全部または一部を「隠匿」したり、「私に消費」したり、「悪意」で財産目録中に記載しなかったなど背信的行為をしたときは「単純承認をしたものとみなされます」。

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相続開始の事実を知りながら、相続財産の全部または一部を売却したときは、単純承認をしたものとみなされるよ。

 限定承認

趣 旨
 限定承認は、相続人の固有財産を守るための制度です。

 相続財産に「負債が多い」ことがハッキリしていれば、相続を放棄すればいいのですが、プラス財産が多いのかマイナス財産が多いのか不明の場合には、迷いますね。
 こんな場合、「相続によって取得」したプラス財産の限度でのみ、被相続人の債務などのマイナス部分を負担するという留保付きで相続できたら、相続人の固有財産を守ることができます。限定承認は、こうした相続人のために認められた制度なのです。

意 味
 限定承認というのは「相続財産の限度でのみ承認する」ということです。「相続によって得た財産」の限度においてのみ、被相続人の債務および遺贈を「弁済」することとして(留保)、相続の承認をするのです。

 限定承認がなされると、被相続人の債権者(相続債権者)は、債務者である被相続人の債務を回収できずに大きな不利益を受けることとなります。しかし、もともと相続債権者は「被相続人の財産」を引当て(よりどころ)に債権を取得しているので、そもそも「相続人の固有財産」に対して債務の回収を実現させる必要はないのです。

限定承認は全員で
 相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみすることができます。1人が「単純承認」して、ほかの者が「限定承認」することはできません。1人1人に限定承認を認めると、清算手続が非常に複雑になるからです。

限定承認の方式
 限定承認は、3か月以内に「家庭裁判所に申述」して行います。つまり、限定承認をしようとする相続人は、相続開始があったことを知った時から3か月以内に財産目録を作成して、これを「家庭裁判所に提出」し、「限定承認する旨」の申述をしなければなりません。
 このような方式を要件としたのは、限定承認は、第三者(相続債権者)の利害に大きく関係するからです。

限定承認の効果
 限定承認をした相続人は、「相続によって得た財産」の限度においてのみ、被相続人の債務および遺贈を「弁済」すればよいことになります。単純承認の場合のように「自己の固有財産をもって責任を負う」必要はなくなります。

相続財産の管理
 限定承認をした相続人は、清算が終了するまで「自己の財産におけるのと同一の注意」をもって、相続財産を管理しなければなりません。この注意の程度は「善管注意義務」より軽いものです。

3|相続の放棄

意 味
 相続の放棄は、一定の手続に従い「全面的に遺産の承継を拒否」することをいいます。

相続放棄の方式
 相続の放棄は、3か月以内に「家庭裁判所に申述」して行います。限定承認と同じですね。
 つまり、相続の放棄をしようとする者は、「相続開始があったことを知った時」から3か月以内に、その旨を「家庭裁判所に申述」しなければなりません。相続放棄は、権利の放棄であるため慎重になされることを要するため、裁判所を関与させて「放棄の意思を明確に確認する」ことにしたのです。

 相続の放棄は、限定承認とは異なり、共同相続人がいても各相続人が単独ですることができます。

相続放棄の取消し
 相続の放棄も意思表示なので、前述したように、錯誤・詐欺・強迫などによって相続の放棄をしたときは、その放棄を取り消すことができるのは当然です。

相続放棄の効力
 相続放棄をした者は、はじめから「相続人とならなかった」ものとみなされます。したがって、相続放棄した者の「子」が、代襲相続をすることはありません。相続権そのものが発生していないので、相続権を代襲相続することはないのです。
 相続放棄の効力は「絶対的」なものであって、特定の者のために放棄するというような相対的放棄は許されず、他人に対して放棄の合意をしても効力は生じません(大判大6.11.9)

登記との関係
 相続の放棄があると、相続人は「相続開始の時にさかのぼって相続しなかった」ことになります。この効力は「絶対的」で、何人に対しても登記なくしてその効力を主張することができます(最判昭42.1.20)

相続分の計算
 他の相続人の相続分は、放棄者の相続分を除いて算定されます。

パトモス先生講義中

相続放棄をした者は「はじめから相続人とならなかった」とみなされるので、その者の子が代襲して相続人となることはできないよ。

4|特別縁故者に対する相続財産の分与

 相続人がいないことが「確定」した場合の「残余財産」の帰属については、「特別縁故者への相続財産の分与制度」が採用されています。
 これは、相続人がいない場合の遺産を「国庫に帰属」させるよりは、特別に縁故のある者に帰属させるほうが、被相続人の意思に近いと考えられるからです。

 特別縁故者への分与制度は、あくまでも「相続人がいないことが確定した」場合に限定された制度です。相続人が1人でもいる場合には、いくら被相続人と特別の縁故があった者がいても、この者に相続財産は分与されません。

家庭裁判所は、以下の特別縁故者(法人でもよい)請求があれば、「清算後」残存する相続財産の全部または一部を与えることができます。
  被相続人と生計を同じくしていた者(内縁の配偶者など)
  被相続人の療養看護に努めた者(献身的な世話をした隣人など)
  その他、被相続人と特別の縁故があった者(生活資金を援助してきた者など)

 特別縁故者は、単に相続を承継するという意思表示をしただけではダメで「家庭裁判所に請求(分与の申立て)」をしなければなりません。



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