|更新日 2023.2.25|公開日 2017.9.03

1|敷 金

 過去に出題された「敷金5問」はすべて建物の賃貸借ですから、ここでも建物賃貸借を中心に確認しておきましょう。

 敷金の意味と趣旨

意 味
 建物の賃貸借では、通常、賃借人から賃貸人に対して、一定額の金銭(たとえば「家賃の2か月分」というように)が交付されます。この金銭を敷金といいます。

趣 旨
 賃貸借は継続的な契約関係であるため、途中で家賃が払えなくなったり、うっかり床や壁に大きな傷をつけてしまったなどの事態に備えて、あらかじめ敷金を交付しておいて、契約終了後にこれらを清算することによって賃貸人が不利益を受けないようにする趣旨なのです。

 敷金が担保する債務の範囲

 敷金によって担保される債権の範囲は、次の①・②です。
 ① 契約存続中の賃料債権、および、
 ② 契約終了後、建物明渡しまでに生じる賃料相当損害金、そのほか賃貸借により賃貸人が取得する一切の債権です(最判昭48.2.2)

 「賃料相当損害金」というのは、契約が終了したのに、賃借人が建物を明け渡さないでグズグズ居座っていると、その間の「賃料相当額」を損害金(明渡義務不履行による損害賠償)として敷金から控除されるのです。

 なお前述したように、契約終了における原状回復に伴う費用も担保されますが、「通常損耗や経年変化による損傷」については、原則として担保されません。

 敷金返還請求権の発生時期

 建物を明け渡してから発生
 賃借人の敷金返還請求権は、①賃貸借が終了し、かつ、②建物を明け渡した時に発生します。建物の明渡しをしないと発生しないのです。
この点について、判例(最判昭48.2.2)は次のようにいっています。
 「賃貸借終了後であっても建物明渡し前においては、敷金返還請求権は、発生および金額の不確定な権利である」

 同時履行の関係にはない
 敷金返還請求権を行使するには、「先に」建物を明け渡す必要があります。「家屋明渡債務」と「敷金返還債務」とは、特約のない限り、同時履行の関係にはありません(最判昭49.9.2)。「先に建物の明渡し」をしないと敷金は返してもらえないのです。

 賃借権を適法に譲渡した場合
 賃借人が「適法に賃借権を譲渡」したときは、賃貸人と「旧賃借人」との別段の合意がない限り、賃借権譲渡の時に、旧賃借人に敷金返還請求権が生じます(最判昭53.12.22)

 敷金返還義務の発生事由

 賃貸人は、次に掲げるときには敷金を返還しなければなりません。
 ① 賃貸借が終了して、建物の返還(明渡し)を受けたとき、または、
 ② 賃借人が適法に賃借権を譲渡したとき

 契約終了時において賃借人に賃料不払い等の債務があれば、当然に敷金から控除され「残額が返還」されます。また、明渡しまでぐずぐずして居座っていると、その間の賃料相当額も損害金として敷金から控除されます。
 要するに、敷金から賃借人の一切の債務を控除して残額が返還されるわけです。

1歩前へ  差押えがあったとき
 ① 「賃借人」の債権者が敷金返還請求権を差し押さえた場合、差押債権者は、未払賃料等を敷金から控除した残額について、敷金返還請求権を行使することができます(最判昭48.2.2)
 ② 「賃貸人」の債権者が賃料債権を差し押さえた場合、賃貸借が終了して建物が明け渡されたときは、未払賃料債権は、敷金からの充当(弁済)によりその限度で消滅するので、差押えの効力は、未払賃料債権には及びません(最判平14.3.28)

 契約期間中の敷金の充当(弁済充当)

 賃貸人は敷金で充当できる
 賃借人が賃料債務等を履行しないときは、賃貸人は、契約期間中かどうかに関係なく、自由に敷金を未払賃料の弁済に充てることができます。しかし、賃貸人には充当の義務はないので、未払賃料の全額を請求することができます。

 賃借人は充当請求できない
 一方、賃借人からは、契約存続中も、契約終了後建物明渡し前でも、敷金を未払賃料の弁済に充てるよう請求することはできません。これを認めると、賃貸人が担保を失うこととなるからです。
 なお、敷金を交付しているからといって、賃料支払いを拒絶することはできません。賃借人の「保証人」も、敷金からの控除を主張することはできません(大判昭5.3.10)

2|敷金の承継

 敷金はどのように「引き継がれる」のでしょうか。
 ①賃貸人が賃貸建物を譲渡した場合と、②賃借人が賃借権を譲渡した場合とを確認しましょう。

 賃貸建物が譲渡された場合

 敷金は譲受人に承継される

 ①賃貸建物が譲渡されたり、②建物譲受人との合意により「賃貸人の地位」が移転した場合には、敷金は「賃借人の承諾がなくても」未払賃料等を控除した残額について、当然に「譲受人」に承継されます(最判昭44.7.17)
 これは、もし敷金が譲受人(新賃貸人)に承継されないとすると、賃借人は、自分が関知できない賃貸人の変更によって、旧賃貸人が無資力のときには敷金の返還を受けられず、一方、譲受人からは新たに敷金の交付を要求されるという、大きなリスクを負うこととなるからです。

 賃借権が譲渡された場合

 敷金は承継されず、旧賃借人に返還

 賃借権が適法に譲渡された場合には、敷金に関する権利義務関係は、原則として新賃借人には承継されません(最判昭53.12.22)。賃貸人は、旧賃借人の未払賃料や損害賠償債務を「敷金から控除した残額」を旧賃借人に返還することとなります。
 賃貸借関係から離脱した旧賃借人が、新賃借人の債務についてまで、その敷金を担保とすることは、旧賃借人に不利益を与えるもので相当ではないからです。
 ただし、別段の合意があるとき、たとえば、新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するとか、敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とするなどの合意があれば、それに従います。

パトモス先生講義中

賃貸建物が譲渡されたら敷金関係も承継されるけれど、賃借権が譲渡されても敷金関係は承継されないよ。

1歩前へ  敷金と賃料債務との相殺
 契約期間中はできない  たとえば、コロナ禍の影響で「賃貸人」の事業が倒産しそうになり、敷金の返済能力に不安が生じた場合、「賃借人」は、敷金とこれから支払う家賃とで相殺できるでしょうか。
 賃借人としては、敷金で家賃の代わりにしたいところでしょう。しかし、敷金返還請求権は、建物の明渡し時に発生して返還額が確定するため、敷金返還請求権が発生しておらず、額も確定していない「契約期間中」は相殺できません。実際上も、相殺を認めると、建物明渡しまでに生じる一切の債務を担保するという敷金の担保的機能が失われることとなり、敷金交付の意味がなくなるのです。

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