|更新日 2023.3.13|公開日 2017.07.05

1|錯 誤

意 味
 錯誤というのは、「思い違い」「勘違い」をして契約をすることです。価格や品質・性能などを「勘違いして契約する」なんて、結構ありますよね。
 錯誤も、表意者の「意思」と、相手方への「表示」が食い違っている「意思と表示が一致しない意思表示」です。ただ、表意者自身はこの不一致に気づいていません。不一致を「表意者が知っている」心裡留保や虚偽表示とは、この点が異なっています。

ワンポイント 本人保護が必要だが
 人はしばしば過ちをおかすものです。本人が、目的物の品質や機能などを勘違いして結んだ契約そのまま有効として法的拘束力をもたせるのは、本人に気の毒な場合もあり、保護する必要も生じます。
 しかし一方で、本人の錯誤を知らないで契約している相手方の立場も考慮しなければなりません。錯誤では「表意者本人の保護」か、表示を信頼した「相手方の保護」かが問題となるのです。

 錯誤の2パターン

 錯誤には、①表示行為の錯誤と、②動機の錯誤の2タイプがあります。

 1 表示行為の錯誤(表示錯誤)  
 これは、表示に対応する意思が欠けている錯誤で、さらに2タイプがあります。

 表示上の錯誤|表示自体を誤った  「316,000円」というつもりで、ウッカリ「361,000円」とした「書き間違い・誤記」のように、表示行為自体を誤った錯誤です。ネット業者がウェブ上で商品価格を1桁書き間違え、多数の申込みが殺到して(「申込み」に対して自動返信される「承諾」で契約成立)、その後「間違い」に気づくというような例がこれにあたります。

 内容の錯誤|意味や価値を誤解した  表示行為の「意味・価値」を誤った錯誤です。表意者が、相手方や一般人がもっているのとは異なる意味・価値に基づいて意思表示しているわけです。たとえば、フランとスイス・フランは同じ意味・価値と誤信して、1万フランのつもりで1万スイス・フランで売ると表示するというような例が、これにあたります。

 2 動機の錯誤(動機錯誤)
 動機の錯誤は、意思表示を決定するに至った「動機や理由」に錯誤があることです。注意すべきは「意思表示を誤ったのではなく、動機・理由を誤った」ということです。つまり、表示に対応する意思は欠けておらず「意思と表示は一致している」のです。
 たとえば、甲地をテーマパーク建設予定地と誤信し、値上がりを期待して甲地を買ったところ建設予定地ではなかったというような場合です。「建設予定地だから買う・必ず値上がりするから買う」というように、「予定地とか値上がり」を動機・理由に意思決定して意思表示をし、甲地を買ったのです。「甲地を買う」という意思で、「甲地を買う」と表示しているので、意思表示自体に不一致はありません
 動機・理由は、意思表示の外側の事情であって、「動機・理由の錯誤は、そもそも錯誤ではない」といえそうです。

 しかし、実際上も判例上も問題となるのは圧倒的に「動機の錯誤」で、この点を軽視することはできないのです。なお新民法は、動機の錯誤を「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」としています(何とも抽象的でわかりにくいですね)。

重 要  表示された動機
 動機は、通常「表示されない」ことが多いために、その錯誤を理由に「表意者」を保護すれば、相手方に予想外の損害を与えます。そこで新民法は「動機の錯誤」を理由とする意思表示の取消しは「動機が表示されていたときに限りすることができる」としました。
 これにより、表示された動機」は、「表示されている価格や品質」などと同様に、契約の内容となるために「錯誤として扱うことができる」わけです。動機が表示されていれば、相手方も「契約の内容」として認識しているので、利益を不当に害されることはありません
 契約書作成などの交渉段階において、「予定地だから買う」という動機・理由が表示されていれば、実際にはそうでなかった場合に、錯誤を理由に意思表示を取り消すことができるのです。
 なお、動機は「黙示的に表示」されてもよいとされます(最判平1.9.14)。

注 意  動機の内容
 ここでいう「動機」は、「目的物自体の価値や品質・性状など」について認識・判断を誤るものをいいます。「スマホをなくしたから」新しいのを買うというような動機はここでいう動機ではなく、したがって、動機を表示したかどうかに関係なく錯誤とは認められません。
 あとで、「スマホが見つかったから錯誤だ」とは言えないのです。

 錯誤の効果

原 則 重要な錯誤は取消しできる
 「表示錯誤」であれ「動機錯誤」であれ、錯誤が「法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」は、その意思表示を取り消すことができます。重要という制限を設けて、表意者と相手方の利益のバランスを図っているのです。
 重要かどうかは「法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして」判断されます。

例 外
 表意者に重大な過失があれば取消しできない  重要な錯誤であっても、表意者に重大な過失があるときは、取り消すことはできません。錯誤は、錯誤した表意者本人を保護する制度なのですが、重過失がある(ほんのちょっと注意すれば錯誤なんかしなかった)ような著しく不注意な表意者は、相手方を犠牲にしてまで保護する必要はないからです。

例外の例外
 表意者に重過失があっても取消しできる  ただし、表意者は重過失があっても、次の場合は、錯誤を理由に意思表示を取り消すことができます。
 ① 相手方に悪意または重過失があるとき  相手方が、表意者に錯誤があることを知り、または重過失によって知らなかったときは、本人を保護すべきとされます。
 ② 共通錯誤があるとき  相手方が、表意者と同一の錯誤に陥っていたときで、相手方も錯誤に陥っているので、取り消しても相手方を不利にすることはないからです。

パトモス先生講義中

表意者に重過失があるときは取消しできないけれど、相手方が悪意だったり重過失があるときは「取消しできる」ことが明文化されたんだよ。

ワンポイント  重過失と軽過失
 重過失というのは「普通一般人として期待される注意を著しく欠く」こと、つまり「わずかな注意さえもしなかった」ことです。普通一般人として期待される注意を欠く軽過失とは区別されます。民法で過失というときは「軽過失」のことで、軽過失について責任を負うのが民法の原則です(過失責任主義)。
 判例は、原則として「重過失は悪意と等しい」として保護しない立場です。

 第三者の保護

 善意無過失の第三者には対抗できない  表意者が、錯誤を理由にその意思表示を取り消したとしても、その取消しは善意無過失の第三者に対抗することができません。
 ここでいう「第三者」は、「取り消される」に取引関係に入った者をいいます。「取消し」に登場した第三者に対しては、対抗問題(177条)となります。【詳細は物権編】



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