|更新日 2023.3.21|公開日 2017.07.21

1|債務不履行

 債務不履行の意味と態様

 たとえば、弁済期限が来たのに借主が貸し金を返さない、支払期限を過ぎたのに買主が代金を支払わない、期限になっても売主が建物を引き渡さないなどのように履行が遅れる、あるいは、売主の管理不始末により建物が焼失したため引き渡すことができなくなったなどのように、契約が成立しても債務が履行されないさまざまな事態が生じます。

意 味
 債務の本旨に従った履行をしないこと  このように、債務不履行というのは、債務者が、正当な事由がないのに債務の本旨に従った履行をしないことをいいます。

態 様 3タイプ
 債務不履行には、履行遅滞・履行不能・不完全履行の3タイプがあります。
「履行遅滞」は、履行が可能なのに履行期を過ぎても履行しないタイプ、「履行不能」は、契約の締結後に履行することが不可能になったタイプをいいます。
 また「不完全履行」は、一応の履行はあったが、その履行が「債務の本旨に従ったものとはいえない」、たとえば、建物の耐震構造が不完全だった、数か所に雨漏りがするなどのタイプをいいます。

2|履行遅滞

意 味 履行期限に履行しない
 履行遅滞というのは、債務の履行が可能であるにもかかわらず、履行期限が来ても履行しないことをいいます。たとえば、建物の売買契約で、履行期が10月30日と決められているのに、10月30日を過ぎても、建物の引渡しや移転登記がなされないような場合です。

 履行遅滞では「いつから遅滞となるか」が要注意です。

 いつから履行遅滞となるか

 履行期との関係で3パターンがあります。

 債務に確定期限があるとき
「10月30日」というような確定期限があるときは、債務者は、その期限が到来した時を過ぎれば履行遅滞となります。

 債務に不確定期限があるとき
「梅雨が明ければ借金を返済する」とか「父親の死亡後1年以内に売却する」というように、到来することは確実だが「いつ到来するかが不明」な不確実期限がある場合です。

 不確定期限があるときは、債務者は、
 ① その期限到来後に履行の請求を受けた時、または、
 ② その期限到来を知った時
 のいずれか早い時から履行遅滞となります。

 不確定期限は、いつ到来するかわからないため、債務者が知らないときに、履行遅滞の責任を負わせるのは適切ではないので、「請求を受けた時」または「知った時」とされるのです。

 期限の定めがないとき
 債務に履行期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から履行遅滞となります。
 なお債務者が、同時履行の抗弁権のように、履行期が到来しても「履行しなくてもいい正当な権利」を有するときは、履行遅滞となることはありません。

1歩前へ  不法行為の損害賠償債務
 不法行為によって発生した損害賠償債務は「期限の定めのない債務」です。
 判例は、この損害賠償債務は、不法行為の時(債権成立の時)から当然に「履行遅滞」となるとしています(最判昭58.9.6)。被害者(債権者)から「請求を受けた時」から遅滞になるのではありません。
 被害者はすぐに請求できる状態にはない(手術して入院中など)ので、被害者が請求する時まで、加害者=債務者は履行遅滞にはならないというのでは、被害者の保護に欠けるからです。

 履行遅滞の効果

 債務不履行が生じた場合、問題となるのは損害賠償と契約の解除です。

 損害賠償請求ができる
 債権者は、履行が遅滞したために生じた損害の賠償、つまり遅延賠償の請求ができます。本来の債務はそのまま存続しますから、本来の債務履行も請求できるわけです。

 契約の解除ができる
 履行遅滞にある債務者に対して、債権者は相当の期間を定めて履行の催告をし、その期間内に履行がないときは契約を解除することができます。

重 要 遅滞中の履行不能の責任
 債務者がすでに履行遅滞になっている間に、地震・暴風雨など不可抗力や偶発的事故(当事者双方の責めに帰することができない事由)によって建物が全壊するなど、債務が履行不能となった場合には、債務者はこの責任を負うこととなります。
 履行遅滞にある債務者は、履行不能自体について帰責事由がなくても、その履行不能によって生じた損害の賠償責任を負わなければなりません。債務者はすでに履行遅滞にあるので、「履行遅滞中に生じた履行不能」は、結局、債務者の責めに帰すべき事由によるものと考えられるからです。履行期までに履行していれば、こんな目に遭わずに済んだわけですから。これは確立した判例理論で、今回明文化されました(413条の2第1項)



パトモス先生講義中

履行遅滞にある債務者は、その遅滞中に生じた履行不能について責任を負わなければならないんだよ。

3|履行不能

意 味 契約成立後の履行不可能
 履行不能というのは、契約成立の時には可能であって、その後に履行が不可能となることです。契約成立後に不可能になるので、後発的不能といいます。
 住宅の売買契約をした後に、売主の管理が原因で住宅が「全焼」してしまったような場合ですね。債務は履行不能となり、もはや買主に住宅を引き渡すことはできません。

 不能の判断
 履行不能かどうかの判断は「契約その他の債務の発生原因、および取引上の社会通念に照らして」なされます。物理的不能に限りません。たとえば、判例は、不動産の売主が「同じ不動産」を第三者に譲渡して移転登記をした二重譲渡の場合、原則としてただちに履行不能(法律的不能)となるとしています(最判昭35.4.21)

 履行不能の効果

 履行請求はできない
 履行不能であるときは、債権者はその債務の履行を請求することができません。改正前民法ではこの点を定めた条文がなかったため、今回明文化されました。
「債務の履行が契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない(412条の2第1項)

 契約解除と損害賠償
 履行不能は、履行を強制しても意味がないので、契約を解除して損害賠償請求をすることになります。この損害賠償は「目的物に代わる」損害の賠償、つまり填補(てんぽ)賠償に限られます。
 解除しないで填補賠償を請求できますが、この場合には、自分の債務も履行しなければなりません。一方、解除して填補賠償を請求することもできます。この場合には、自分の債務は免れて清算されることになります。

 代償請求権|公平のため
 代償請求権というのは、債務が履行不能となった場合に、不能の原因と同一原因によって債務者が利益を受けたときは、債権者がその利益を「自己の損害の限度」で請求できる権利をいいます。
 代償請求権を認めていた判例の見解が、今回明文化されたものです(422条の2)

注 意  火災保険金に請求できる
 たとえば、賃借建物が、賃貸人・賃借人双方の責任によらない(類焼によって焼失したなど)で消滅した場合、賃借人の建物返還義務は履行不能になります。このとき、火災保険金が賃借人に支払われると、「賃貸人」はこれを自分に償還するように請求できるわけです。
 あるいは、賃借人がその第三者に対して不法行為による損害賠償請求権を取得すると、この請求権の移転を求めることができるのです。
 というのも、賃借人は履行不能により建物返還義務を免れたうえに「保険金や損害賠償請求権」を取得して二重の利益を得ることとなるため、賃貸人(債権者)に代償請求権を認めることが公平だからです。なお請求額は、債権者の受けた損害の額が上限となります。
パトモス先生講義中

履行不能の場合に、債権者が代償請求権を行使できる場合があることが、明文化された。

 原始的不能

意 味
 原始的不能というのは「契約成立時にすでに履行不能」である場合をいいます。
 たとえば、熱海にある別荘の売買契約をしたところ、前日の台風で全壊していたというような場合です。存在していない建物を目的としているために、契約自体も存在しないことになるのですが、今回の改正で「原始的不能によって生じた損害」の賠償請求ができるようになりました(412条の2第2項)
 これは、原始的不能でも契約は有効であることを前提として、契約の効力の代表的なものとして損害賠償請求を明確にしたのです。もちろん、原始的不能を理由に契約を解除したり、代償請求権も可能です。

4|受領遅滞

意 味
 受領遅滞というのは、債権者が協力しないために「履行が遅延」している場合をいいます。債権者遅滞ともいいます。

 売主である債務者が履行期限に登記所に出かけたのに、買主である債権者が来ていない・連絡もつかないというような場合、債務者が債務の本旨に従った提供をしたのに、債権者が履行を遅滞しているわけです。債務者保護のために一定の効果が発生します。

 受領遅滞の効果

 保管義務の軽減
 債務の目的が、土地・建物など「特定物の引渡し」であるときは、債務者は、その保管について注意義務が軽減されます。つまり受領遅滞以後は、善良な管理者としての注意ではなく、「自己の財産に対するのと同一の注意」をもって保存すれば足ります。

 費用の請求
 債権者の受領遅滞によって増加した履行費用(保存費用含む)は、債権者の負担となります。

 受領遅滞中の履行不能
 受領遅滞中に生じた履行不能については、たとえ「不能の発生自体」については債権者に帰責事由がない場合でも(不可抗力であっても)、債権者の帰責事由による履行不能とみなされます。その結果、債権者の方から契約解除はできず、また反対給付の履行も拒むことはできません。



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