|更新日 2023.2.25|公開日 2017.9.27

1|不法行為の意味と原則

意 味
 不法行為というのは、交通事故のように故意または過失によって他人の権利や利益を侵害し、これによって損害を与える利益侵害行為をいいます。

 不法行為を考えるときには、交通事故をイメージするとわかりやすいでしょう。運転を誤って事故を起こし通行人を死傷させた、コンビニに突っ込んで店舗を損壊したなど、毎日のように発生していますね。
 そのほかにも、インフラ事故、大規模工事災害、医療事故などマスコミで大きくとりあげられる不法行為もあります。

 不法行為責任の基本原則

 過失責任主義と自己責任の原則
 不法行為について、民法は「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています(709条)

 不法行為責任を支える基本原則は、過失責任主義自己責任の原則です。
 「過失責任主義」というのは、「故意または過失」に基づいて他人に損害を与えた場合にのみ賠償責任を負うというもので「近代法の大原則」です。
 「自己責任の原則」というのは、人は「自己の行為についてのみ」責任を負い、他人の行為の結果について責任を負わされることはない、という原則です。

 こうした考え方により、人や企業は、自己の行為について注意を払ってさえいれば、他人に損害を与えたとしても、不法行為責任を負わされることはなく、その結果、資本主義経済活動の自由が最大限に保障されてきたわけです。
 一方、そのために被害者の救済が不十分なまま放置される悲劇を生んできました。

 現在では、巨大企業による業務災害、環境問題、欠陥車問題など各種の危険から生じた損害に対し「行為者の故意・過失の有無を問題としない」無過失責任論で、伝統的な基本原則を修正しています。

 民法の不法行為責任は、加害者自らが責任を負う「過失責任主義」を原則とするパターンと、加害者の使用者などそれ以外の者が責任を負う「無過失責任論」を加味したパターンに分けることができます。

 前者を一般的不法行為、後者を特殊的不法行為(使用者責任など)といいます。
 先ほど引用した 709条は、一般的不法行為を定めた基本的な条文です。

 宅建士試験の出題
 不法行為の種類は非常に多いのですが、試験で出題されているのは、交通事故、建物の損壊、使用・雇用関係、宅建業者との取引など、ごく普通に起きている日常的な事例です。簡単な事例から、不法行為の基本的な原則が問われます。

2|不法行為の種類・侵害

 生命・身体の侵害

 いうまでもなく、人の生命・身体はきわめて重大な保護法益であるため、これらを侵害する行為が不法行為となることは明らかです。

 生命侵害と損害賠償請求権
 たとえば、交通事故が原因で「数日後」に被害者が死亡した場合は、まず被害者自身が死亡による損害賠償請求権を取得し、それが相続人に承継されることになります。

 ※ 人は、死亡すれば権利主体ではなくなるのだから、死亡による損害賠償請求権が発生するというのは民法体系に反しているとの批判もありますが、判例はいろいろな法的構成を使って、上記のように解しています。

 即死した場合
 また判例は、「即死」の場合でも、まず被害者に損害賠償請求権が発生し、それが相続人に承継されるとしています。というのも、身体傷害の場合には、被害者自身が損害賠償請求権を取得するのに、最も重大な法益である生命侵害にそれが認められないのは均衡を欠くから、というのがその理由です(大判大15.2.16|重太郎即死事件)
 即死の場合は、被害者自身は何の意思表示もできず、したがって損害賠償請求権も慰謝料請求権も取得できないというのでは、重症後死亡した被害者に比べてあまりに不均衡といえます。

 名誉・プライバシーの侵害

 名誉侵害
 名誉侵害というのは、人の社会的評価を低下させる行為をいいます。
 名誉を侵害された者は、損害賠償または名誉回復のための処分を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対して侵害行為の差止めを求めることができます(最判昭61.6.11)

 また社会的評価は、法人にも当然存在するので、名誉毀損は法人に対しても成立し、また慰謝料請求もすることができます(最判昭39.1.28)

 プライバシーの侵害
 現在では、とくに個人情報の侵害が問題となります。他人に知られたくない個人の情報は、プライバシーとして法律上の保護を受け、したがってその侵害は不法行為となります。判例は、この点について「前科等の公表」により受けた精神的苦痛に対する賠償を認めています(最判平6.2.8)

3|慰謝料請求権

 慰謝料請求権の意味

意 味
 損害には、財産的損害と精神的損害(苦痛や悲嘆等)があり、この精神的損害に対する金銭賠償を慰謝料といいます。
 民法が「財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」と定めているように、精神的損害を受けた被害者は、財産権が侵害された場合と同様に慰藉料請求権を取得するわけです(710条)

 慰謝料請求権者

 生命を侵害された被害者と「一定の身分関係にある者(配偶者・子・父母)」は、被害者の死亡による精神上の苦痛について、自己の権利として固有の慰謝料請求権を取得します。

 慰謝料請求権の相続

 判例(最判昭42.11.1)は「不法行為により財産以外の損害を被った被害者は、損害の発生と同時に慰謝料請求権を取得し、これを放棄したと解しうる特別の事情がない限り、これを行使することができ、損害賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為は必要ない。そして、被害者が死亡したときは、相続人は当然に慰謝料請求権を相続する」としています。

 なお、慰藉料請求権も、損害賠償請求権と同様に、被害者が即死した場合でも、まず被害者自身に帰属し、相続人がこれを相続します(大判大15.2.16)

4|注意すべき論点

 相 殺

 債権総論の[相殺]でも学習しましたが、再確認しておきましょう。
不法行為に基づく損害賠償請求権に対する相殺禁止
 被害者Aの損害賠償請求権が、加害者Bの不法行為によって発生したものであるときは、Bは、Aに対して有する代金債権でAの損害賠償請求権と相殺することはできません。損害賠償請求権に対して相殺を仕掛けることはできない、受働債権とすることはできないわけです。
 これは、被害者Aに現実の救済を受けさせる(現金で治療費・入院費などを支払う)ためでしたね。

 相殺は、互いの債権額を対当額で消滅させるものなので、加害者の債権で相殺を許してしまうと、被害者の損害賠償債権は対当額で消滅・減少してしまい、十分な救済を受けられなくなってしまうからです。

 不法行為債権による相殺はできる
 以上の趣旨からすると、被害者Bから相殺を仕掛けるのは許されます。
 被害者のほうで相殺による決済を望んでいれば、自分の損害賠償請求権を自働債権として、加害者に対する債務との相殺を認めても支障はないのです。たとえば、裕福な被害者が相殺を援用するなど。

 なお判例は、双方の債権が不法行為によるものであるときは、相殺を認めていません(最判昭49.6.28)

 過失相殺|被害者の過失

 不法行為を受けた被害者(損害賠償請求権の債権者)にも過失があったとき、この点は考慮されるのでしょうか。
 「双方の不注意」で交通事故が発生したというのは珍しくないでしょう。
 加害者(損害賠償請求権の債務者だけに損害を負担させるのは不公平なので、その責任を適切に軽減する必要があります。

 民法は「被害者に過失があったときは、裁判所はこれを考慮して、損害賠償の額を定めることができる(722条2項|任意的として、被害者の過失を考慮するかどうかは裁判所の自由裁量としています。
 加害者から「過失相殺の主張」がなくても、被害者に過失があれば、裁判所はこれを考慮して賠償額を定めることができます(最判昭34.11.26)

 過失相殺は「債務不履行」でも問題になりましたね。
 債務不履行では「債務の不履行に関して、債権者に過失があったときは、裁判所はこれを考慮して、損害賠償の責任およびその額を定める」としていますので、裁判所が「債権者に過失あり」と認定すれば、必ず過失相殺しなければなりません(418条|必要的

 被害者の過失
 過失相殺において損害の公平な分担ということを考えれば、被害者と一定の関係にある者の過失を考慮すべき場合があります。これが「被害者側の過失」という問題です。

 判例(最判昭34.11.26)は、不法行為における過失とは単に「被害者本人」の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失をも含むとしています。被害者本人と「身分上・生活関係上一体をなす」とみられるような関係のある者の過失は、被害者側の過失として、過失相殺の対象となるわけです。

 たとえば、幼児や知的障害者など責任能力を欠く者が被害者となる場合では、親権者や未成年後見人など監督義務者の過失が、被害者側の過失にあたります。

 なお判例は、幼児の送迎に付き添う保育園の保母は、一体的関係にある者とはみていません(最判昭42.6.27)

 損益相殺

 不法行為によって損害を受けた被害者が、同一の原因によって、反面では利益も得ている場合、被害者は、加害者の賠償すべき損害額からその利益を控除したものについてのみ賠償請求をすることができます。
 ただし、控除される利益は、その不法行為と相当因果関係にあるものに限られます。

 生命侵害における逸失利益の算定に際して「生活費が控除される」のは、損益相殺の一例です。

ステップアップ  火災保険金と損益相殺
 判例(最判昭50.1.31)は、放火によって家屋が焼失したことにより、家屋所有者が火災保険契約に基づく保険金請求権を取得したとしても、加害者に対する損害賠償請求金額からこの保険金額を、損益相殺として控除する必要はないとしています。
 保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為(または債務不履行)に基づく損害賠償義務を負う場合においても、損害賠償額の算定に際し、損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないとされるのです。

 債務不履行との競合

 どちらを主張してもいい
 客を乗せたタクシーの運転手が誤って交通事故を起こし、乗客を負傷させた場合、運転手には、運送契約上の安全輸送に違反した「債務不履行責任」と、負傷させたことによる「不法行為責任」の双方が競合して生じます。

 この場合、乗客は運転手に対して、どちらでも任意に主張して損害賠償請求をすることができます(最判昭38.11.5)自由な選択を認めることが被害者にとって有利だからです。

 損害賠償債務の履行期

 不法行為によって発生した損害賠償債務は「期限の定めのない債務」です。
 「期限の定めのない債務」は、被害者から「履行請求を受けた時から履行遅滞となる」のが、原則です。
 しかし判例は「不法行為による損害賠償債務」については、被害者から履行請求がなくても、加害者(債務者)は損害の発生と同時(不法行為の時)に履行遅滞になる、としています(最判昭58.9.6)なぜなら、被害者はすぐに請求できる状態にはなく(手術して入院中など)、「被害者が請求する時まで加害者は履行遅滞にならない」というのでは、被害者保護に欠けるからです。

 遅延損害金
 不法行為によって損害が発生しても、加害者がその支払いをしないときは、その「損害金を元本」として遅延損害金(遅延利息)が発生します。
 遅延損害金債権も催告をまたずに、不法行為の時から履行遅滞となるため、加害者は、その時以降から完済に至るまでの「遅延損害金」を支払わなければなりません。

 損害賠償請求権の時効消滅

 不法行為による損害賠償請求権は、
 ① 被害者(またはその法定代理人)が「損害および加害者」を知った時から3年間行使しないとき、または、
 ② 不法行為の時から20年を経過したときは、時効によって消滅します。

 損害等を知った時
 被害者が損害等を知った時というのは、判例によれば、損害の発生を現実に認識した時とされます(最判平14.1.29)

 継続的行為による損害の消滅時効
 不法占拠のような継続的不法行為については、損害が継続して発生しているかぎり、日々新たな損害が発生しているので、日々発生する損害を知った時から別個に消滅時効が進行します(大連判昭15.12.14)

 遅延損害金債権
 遅延損害金債権についても、被害者(またはその法定代理人)が「損害および加害者」を知った時から3年で時効消滅します。
 損害賠償請求権と遅延損害金債権とは別個の債権ですが、ともに同一事由から発生しており緊密に関連しているので、時効消滅も同じとされています(大判昭11.7.15)

 生命・身体に対する不法行為は5年
 人の生命・身体を害する不法行為の場合、その損害賠償請求権は、被害者(またはその法定代理人)が「損害および加害者」を知った時から5年間行使しないときは時効消滅します。
 法益の重要性から、一般の3年間が「5年間」に伸ばされています(724条の2)

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人の生命・身体の場合は、知った時から5年間だからね。

 正当防衛による免責

 暴力団員風のAが、ナイフでBに切りかかってきたので、やむをえず、BがAに傷害を負わせてしまった場合、BはAに対して損害賠償をする必要はありません。
 他人の不法行為に対して自らの利益を防衛するためにやむを得ず行った加害行為は、正当防衛であって違法性がないので、不法行為責任を負うことはないのです。

 胎児の損害賠償請求権

 原則として権利能力を有しない胎児も、父または母に対し不法行為をした者に対して損害賠償請求をすることができます。

 胎児固有の損害賠償請求権
 胎児は「損害賠償の請求権」については、すでに生まれたものと「みなされ」ます(721条)。胎児中に、父または母が交通事故等で不法行為を受けたときでも、被害者の1人として、固有の損害賠償請求権を有します。

 父母の損害賠償請求権の相続
 胎児は「相続」については、すでに生まれたものと「みなされ」ます(886条)。したがって、胎児は、生命侵害を受けた父または母が取得する損害賠償請求権を、相続人の1人として相続します。

5|責任能力

 不法行為によって他人に損害を与えた者に損害賠償責任を問うためには、行為者が一定の判断能力を備えていなければなりません。この能力を不法行為では責任能力といい、このような能力を欠く者を責任無能力者といいます。

 責任無能力者には「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えない」未成年者と、加害行為時に責任能力を欠いていた者がいます。

 未成年者
 未成年者が不法行為をしたときに、責任能力を備えていなかった場合には、損害賠償責任を負いません。何歳で責任能力があるのかは一概にいえませんが、判例では、だいたい小学校6年生12歳くらいが一応の基準とされています。

 責任能力を欠く者
 加害者が成年者であっても、精神上の障害により「責任能力を欠く状態」で他人に損害を加えた場合には、不法行為責任を負うことはありません。
 ただし「故意または過失によって一時的にその状態を招いた」ときは責任を負わなければなりません。居酒屋のドアを蹴りあげて破損した者が、ぐでんぐでんに酔っぱらっていたからといって、「責任能力を欠く状態でした」という言い逃れはできないのです。

 監督義務者の責任
 責任無能力者が責任を負わない場合でも、その「責任無能力者を監督する法定義務を負う者」は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うのが原則です。
 ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときには免責されます。



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