|更新日 2023.2.25|公開日 2017.8.11
1|同時履行の抗弁権
たとえば、建物の売買契約が成立してこれを「履行」する場合、売主は、買主が「代金を支払うまで」は「建物の引渡しを拒む」ことができて、反対に、買主は、売主が「建物を引き渡すまで」は「代金の支払いを拒む」ことができます。
意 味
このように、同時履行の抗弁権というのは、「相手方」が債務の履行を提供するまでは、互いに自己の債務の履行を拒むことができる権利をいいます。
売買契約では、原則として、代金の支払いが先だとか、建物引渡しが先だ、ということはないわけで、同時履行の抗弁権は、一時的にせよ「履行しないことを正当づける権利」といえます。
趣 旨
同時に履行するのが公平だから
「一方」が先に履行することになれば、もし「相手方」が履行しないときは、その履行を求めて訴訟を提起したり、相手方が無資力になれば、契約を解除しても先に履行した代金や目的物の返還は困難になるおそれがあります。
同時履行の抗弁権は、このような危険を回避するため、当事者間の公平を考慮した制度なのです。
相手方の履行を求める当事者は「自らも履行を提供しなければならない」ので、同時履行の抗弁権は、間接的に債務の履行を促すという機能も果たすことになります。
相手方の債務の弁済期
同時履行は「互いの債務が弁済期にある」ときの義務ですから、「相手方の債務が弁済期にない」ときには、同時履行の抗弁権はありません。「先に」弁済期がきた債務を「先に履行」するのは、当然だからです。
2|同時履行と履行の提供
同時履行の抗弁権は「相手方がその債務の履行を提供するまでは、一方は、自己の債務の履行を拒むことができる」権利なので、「履行の提供」がなされない限り、他方の同時履行の抗弁権は存続することになります。つまり、同時履行の抗弁権を有している限り、履行期に履行しなくても「履行遅滞」の責任を負うことはないのです。
履行遅滞による損害賠償義務も生じませんし、一方が「履行の提供」をしないまま、相手方に履行の催促をしても契約の解除権は発生しません(最判昭29.7.27)。
「相手方に履行遅滞の責任」を負わせて契約解除や損害賠償請求をするためには、その同時履行の抗弁権を消滅させなければならず、そのためには自ら「履行の提供」をして「同時に履行しなければならない」という状況を解消する、つまり同時履行の抗弁権を消滅させて、相手方を「履行遅滞」にする必要があるのです。
3|同時履行にあるケース
試験に出題された例を中心に確認しておきましょう。
代金支払と目的物引渡
不動産売買では、買主の代金支払債務と、売主の不動産引渡し債務・登記移転債務とは、同時履行の関係にあります。これは確立した判例です。
宅地の買主が、支払期限に代金支払の提供をしない場合には、売主は、宅地の引渡しと移転登記手続を拒むことができるというわけです。
請負と報酬の支払い
建物新築のように、請負契約でも目的物の引渡しを要する場合は、請負人の目的物引渡債務と注文者の報酬支払債務とは、同時履行の関係に立ちます。報酬支払は、目的物の引渡しと同時にしなければなりません。
取消し・無効と原状回復義務
取消しによる双方の原状回復義務は、同時履行の関係にあります。
たとえば、売買契約が詐欺を理由に取り消された場合、売主・買主は互いに、給付された物を返還する原状回復義務を負うことになりますが、双方の原状回復義務は同時履行の関係に立ちます(最判昭47.9.7)。
売買が無効の場合の「双方の原状回復義務」も同時履行の関係にあります。
解除と原状回復義務
契約の解除によって生じた双方の原状回復義務は、同時履行の関係にあります。
売買が解除された場合、双方は互いに、相手方を契約のなかった原状に戻す原状回復義務を負うこととなりますが、売主の代金返還債務と、買主の目的物返還債務は、同時に履行する必要があります。
一方の債務不履行を理由に解除された場合でも、債務不履行をした者が、先に原状回復義務を履行する必要はなく、双方の原状回復義務が同時履行の関係に立ちます。
弁済と受取証書(領収書)の交付
受取証書は、弁済したことの証拠となるので、弁済と受取証書の交付とは、同時履行の関係に立ちます(大判昭16.3.1)。弁済と「引換え」に受取証書の交付を請求できるわけです。
なお、弁済と債権証書の返還とは、同時履行の関係にはありません。「全部の弁済」をしたときに、債権証書の返還を請求することができます。
4|同時履行にないケース
貸金債務の弁済と抵当権の抹消登記
貸金債務の弁済と、その担保のために設定された抵当権の抹消登記手続とは、同時履行の関係にはありません。貸主が、抵当権の抹消登記手続を履行しない場合でも、借主が先に弁済する必要があります(最判昭57.1.19)。「弁済」が先です。
敷金返還債務と建物明渡債務
建物の賃貸借契約における賃貸人の敷金返還債務と、賃借人の建物明渡債務とは同時履行の関係にはありません。「建物明渡し」が先です。
敷金返還請求権は、契約終了後、建物明渡し完了時に発生する権利なので、賃貸人は、賃借人から建物明渡しを受けた後に敷金残額を返還すればいいのです(最判昭49.9.2)。
賃貸借が解除された場合も、同様です。
弁済と債権証書の返還
弁済と債権証書(領収書などの受取証書ではない)の返還とは、同時履行の関係にはありません。弁済者は「全部を弁済」した後に、債権証書の返還を請求することができます。
宅建民法講座|テーマ一覧