|更新日 2023.2.25|公開日 2017.7.28
1|弁済と弁済の提供
1 弁 済
Aから 100万円借りていたBが、支払期限に利息を付けて 100万円支払いました。
あたりまえですが、これが弁済です。弁済によって契約の目的は達成され、100万円の債務は消滅します。
意味と効果
このように「弁済」というのは、借りたお金を返す、売買代金を支払う、売った建物を引き渡すというように「債務者がその債務を履行する」ことをいい、弁済による効果は「債権が本来の目的を達成して消滅する」ことです。
この当然のことが、今まで条文にはなく、新民法で明文化(473条)されました。
「債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は消滅する」。
弁済と似た用語に「履行」があって、弁済は、履行と同じような意味で使われます。ただ、履行は債務者の行為に着目した用語、弁済は債権の消滅という効果に着目した用語です。
2 弁済の提供
民法には「弁済」とは別に、弁済の提供がありますが、どう違うのでしょうか。
弁済には債権者の協力が不可欠
弁済の提供は、誠実な債務者のための制度です。弁済は、代金や賃料を銀行振込でするというように「債務者の行為」だけで完了するものもありますが、多くは債権者の協力がなければ完了しません。
土地の売買で、後日、売主と買主が登記所で「所有権移転登記」と引換えに「売買代金の頭金を支払う」という約束がある場合、買主が小切手を持参して登記所に行っても、売主が来ていなければ、買主は弁済できないこととなります。
債務者がどんなに誠実に「弁済の努力」をしても「債権者の協力」がなければ、弁済は完了せず、したがって「債権を消滅させることはできない」のです。しかし、債務者としてはするべきことをすべてやったわけですから、いつまでも債務者が責任を負うのは適切ではありません。
意 味
弁済の提供とは、債権者の協力なしには債務が消滅しない場合に「弁済のために債務者としてすべきことをすべてする」ことをいいます。債務者による「弁済の提供」があって、さらに「債権者の協力」があったときに弁済は完了し、債権・債務が消滅するのです。
3 弁済の提供の方法
弁済の提供には2つの方法があります。
「現実の提供」と「口頭の提供」です。
原則|現実の提供
「弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない」 (493条)とあるように、弁済の提供は「現実の提供」であることが原則です。
債務者としてやるべきことをすべてやって、債権者の協力があれば「履行を完了できる状態」にあることです。
具体例
① 銀行が、自己宛に振り出した小切手の引渡しは、債務の本旨に従ってなされた「弁済の提供」とされます(最判昭37.9.21)。銀行の自己宛小切手は、取引界ではその支払いが確実なものとして現金と同様に取り扱われているからです。
② 郵便為替や郵便振替払込証書も同様の理由で、有効な「弁済の提供」とされます。
③ 金銭債務の不足額がわずかであった場合でも「現実の提供」と認められます(最判昭35.12.15)。
④ 反面、個人振出の小切手、預金通帳、預金証書などの提供は、有効な弁済提供とはなりません。個人振出の小切手は信用力がなく、預金通帳・預金証書はそもそも金銭の支払手段ではないからです。
例外|口頭の提供(言語上の提供)
「現実の提供」をしなくていい場合として、2つの例外があります。ともに債権者に原因があるのです。いずれの場合も、債務者は「弁済の準備をした」ことを債権者に通知して受領を催告するだけで「弁済の提供」とされます。これを口頭の提供(言語上の提供)といいます。
- 債権者が受領を拒んでいるとき
- 履行について債権者の行為を要するとき
債権者があらかじめ受領を拒絶した(黙示でもよい)場合には、弁済者は「弁済の準備」をしたことを債権者に通知して受領を催告するだけで「弁済の提供」となります。
このような場合にまで、現実の提供を要求するのは不公平だからです(受領を拒絶しているんだったら、通知だけでいいじゃん)。
なお、債権者が過大な要求金額を提示して、それ以下なら受領しないというのは「受領拒絶」になります。
債権者の行為を必要とするとき
弁済について債権者の協力を必要とするときは、そもそも協力がなければ弁済できないので、まず債権者の協力を要請するため「口頭の提供」を認めたのです。
この場合も「弁済の準備」をしたことを債権者に通知して受領を催告するだけで、弁済の提供となります。
4 弁済の提供の効果
弁済の提供をしたときは、債務者は弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れます。次の効果を確認しておきましょう。
履行遅滞にならない
弁済の提供をした以後は、債務者は、履行遅滞の責任を負わず、したがって遅滞に基づく損害賠償・遅延利息・違約金の支払いを免れます。
注意義務が軽減される
善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)を負っていた場合には、それより軽い「自己の財産におけると同一の注意」で足りることになります。
債権者に対する効果
債権者は、債務の遅滞を理由として契約を解除することはできず、また、同時履行の抗弁権も失います。同時履行の抗弁権を失った債権者は履行遅滞となるので、債務者はこれを理由に契約を解除することができます。
「弁済の提供」をしていなければ、契約解除はできません。
なお、弁済の提供をしても、債権者が受領しないと債務は消滅しないので、債権者がどうしても受領を拒否している場合には、債務者は「供託所に供託」をして債務を免れ、これにより債務を消滅させることができます。
2|第三者の弁済
1 意味・原則・例外
意 味
第三者の弁済というのは、債務者以外の第三者が弁済をすることです。弁済は本来、債務者がするものですが、第三者が弁済しても問題はありません。
どうしてでしょうか?
それは、債権者としては「だれから弁済されようと」債権の目的を達成できるからです。100万円の金銭債権を有する債権者は、債務者本人から弁済されようと、債務者の親・友人から弁済されようと、要するに 100万円が返済されれば満足できるわけです。
原 則
弁済は、原則として、第三者でもすることができます(474条1項)。
例 外
ただし、次の場合は、第三者の弁済は禁止されます。第三者が弁済しても無効な弁済となります。
債務の性質が許さないとき
債務の性質からみて、第三者が弁済したのでは意味がない、債務者その人でなければ、絶対に債務を実現できない場合です。
たとえば、原稿を執筆する債務とか、人気タレントの出演債務などがこれにあたります。「第三者」が原稿を書いたり、「別人」が出演しては意味がないわけです。MISIAのコンサートなのに、天童よしみが出てきて第三者弁済をしたら、世の中どうなります?
当事者が禁止・制限したとき
当事者が、第三者の弁済を禁止したり制限する特約をして、債務者自身が弁済しなければならないとした場合です。当事者の意思を尊重したのです。
たとえば、交通事故による損害賠償金の支払いを、加害者 (債務者)の反省を促すために、債務者以外の第三者による弁済を禁止したり、第三者が弁済できるのは 「300万円まで」というように制限するなどです。
2 正当な利益を有する第三者・有しない第三者
第三者には、弁済をするについて「正当な利益を有する者」と「正当な利益を有しない者」とがいます。民法の扱いも、次のように異なります。
正当な利益を有する第三者
弁済をするについて「正当な利益を有する第三者」は、債務者の意思に反しても弁済することができます。「正当な利益を有する」というのは、弁済をしなければ債権者から執行を受ける者です。
たとえば、①物上保証人(債務者のために抵当不動産を提供している者)や、②抵当不動産の第三取得者(買主)は、債権が消滅すれば抵当権も消滅するという点に正当な利益を有するため、「債務者の意思に反しても」債務者の債務を弁済することができます。
ほかにも、連帯債務者、保証人、「借地上の建物」を借りている建物賃借人、後順位抵当権者、一般債権者などもこれに該当します。
なお、債務者の「友人」とか「親族」は、事実上の利害関係はあっても、それだけでは「正当な利益を有する第三者」とはいえません。
正当な利益を有する者は、債務者の意思に反しても弁済できるよ。
正当な利益を有しない第三者
「正当な利益を有しない第三者」の弁済は、次のように扱われます。
① この者の弁済が債務者の意思に反するときは、弁済は無効です。
これは、他人の弁済による恩義を受けたくない債務者の意思を尊重したのであり、また、弁済をした第三者から苛酷な取立て(求償)を受けることから債務者を保護するためです(返済してやったんだからサ~、いますぐ耳をそろえてキッチリ払ってよ、みたいな)。
法律上「正当な利益もなく」、しかも「債務者の意思に反する」のであれば、第三者の弁済は、いわば「余計なお世話」なのです。
ただし「債務者の意思に反する」ことを債権者が知らなかった善意のときは、その弁済は有効です。「債務者も承知しているんだな」と思った善意の債権者は、そのまま弁済を受領することがあるので保護する必要があるからです。
② この者の弁済が債権者の意思に反するときも、弁済は無効です。
ただし、その第三者が「債務者の委託を受けて」弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていた悪意ときは、弁済は有効とされます。
ステップアップ 債権者による弁済拒絶
債権者は、「正当な利益を有しない第三者」からの弁済が、債務者の意思に反しない場合でも、弁済を拒絶することができます。なぜなら、債権者は、その第三者が弁済について正当な利益を有するのかどうか、また、債務者の意思に反するかどうかを当然には知ることができないからです。
後になって債務者の意思に反することが判明したら、債権者は受領物を弁済者に返還しなければならず、このような不安定な立場に置かれることから債権者を保護する必要があるからです。
したがって、第三者の弁済が債務者の委託を受けてなされることを、債権者が知っていた場合には、債権者はその弁済を拒絶することはできません。
まとめると、以下のようになります。
● 正当な利益を有する第三者
⇒ 債務者の意思に反しても弁済できる
● 正当な利益を有しない第三者
⇒ 債務者の意思に反して弁済できない
ただし意思に反することを債権者が知らなかったときは、弁済は有効
⇒「債権者」の意思に反して弁済できない
ただし第三者が「債務者の委託」を受けて弁済をする場合、この委託を債権者が知っていたときは、弁済は有効
3|弁済の相手(受領権者)
ところで、弁済の「相手」を間違ったら大変面倒なことになります。
ふつうは、債務者は債権者を知っていますから、債権者に弁済すればいいのですが、銀行等の金融機関などは、債権者である預金者の顔を一人一人覚えていませんから、払い戻しの間違いも起こってきます。債権者の妻だと名乗る女性が、債権証書と実印を持ってきたらどうでしょうか。
1 受領権者以外の者への弁済
弁済は、当然ながら、債権者など弁済を受領する権限のある受領権者に対してしなければ、弁済としての効力はありません。しかし、弁済を受領する権限があるかのような者、つまり「受領権者っぽい人」が登場したら、債務者は弁済すべきなんでしょうか。
改正前民法では、このような者を「債権の準占有者」といいましたが、新民法は「取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するもの」と改めました。
さて新民法は、受領権限のない者への弁済、つまり「受領権者としての外観を有する者」に対する弁済であっても、弁済者が善意かつ無過失のときに限って、弁済として有効としました。これは「表見代理制度」と同じく、権利者らしい外観を有する者を善意無過失で信じた者は保護されるべきという外観法理に基づくものです。
受領権者らしい外観を有する者
判例上、受領権者らしい外観を有する者は、次のような者です。
① 詐称代理人
② 詐称相続人
③ 偽造の債権証書・受取証書の持参人
④ 無効な債権譲渡の譲受人
⑤ 預金通帳と届出印の持参人
たとえば、「代理人と称する」詐称代理人Aに対して債務者が弁済したとき、Aに受領権限がないことにつき、債務者が善意無過失であれば、その弁済は有効です。
同様に「相続人と称する」詐称相続人Bに対する弁済も、債務者が善意無過失であれば、その弁済は有効です。
2 証書関係|終わりよければ
受取証書の交付請求
弁済したかしないか(債務が消滅したかしないか)は大変重要なことですから、後日争いになったときのために、確かに「弁済した=債務は消滅した」という証拠を確保しておく必要があります。
したがって、弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができます。
「領収書 金百万円也 但○○代金として ○年○月○日」
こんな一筆があれば、債務者も安心です。
受取証書(領収書)は、弁済、つまり債務の消滅の証拠となるので、弁済と引き換えに交付されなければなりません。「弁済」と「受取証書の交付」とは同時履行の関係にあるわけで、弁済者は、受取証書の交付がなされるまで弁済を拒むことができます。
債権証書の交付請求
債権の成立を証明する債権証書(借用書など)があれば、「全部を弁済」したときに、弁済者はその債権証書の返還を請求することができます。
一部を弁済したに過ぎないときは、債権証書の返還は請求できません。弁済と債権証書の返還は「同時履行の関係にはない」ことに要注意です。
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