|公開日 2022.04.02
1|債権譲渡の対抗要件
債権が譲渡された場合、この権利変動を債務者や第三者に主張するには、対抗要件が必要です。土地・建物の売買があって所有権が移転した(物権変動があった)ときに、引渡しや登記などの対抗要件を必要とするのとまったく同じです。
権利の変動を公示させることにより、権利関係の優劣を決定しているのです。
債権譲渡の対抗要件には、
① 債務者に対するものと、
② 第三者に対するもの
とがありますので、別々に分けて確認しておきましょう。
2|債務者に対する対抗要件
債務者が誤って二重弁済をすることがないように、債務者は、債権が譲渡されたことを知る必要があります。
債権譲渡を債務者に対抗する要件は、通知または承諾です。
① 譲渡人(債権者)から債務者への通知、または、
② 債務者の承諾です。
通知・承諾のどちらか一方が必要です。
1 債務者への通知
債権の譲受人が、債務者に対してその債権を行使するためには、債権者(譲渡人)から債務者に対して「債権が譲渡された事実」を通知しなければなりません。
通知は、債権を失う債権者(譲渡人)がするからこそ信用があるわけですから、譲渡人がしなければならず、「譲受人」が通知をしても無効です。
したがって、譲受人が債権者代位権により「譲渡人に代位して通知する」ことは許されません(大判昭5.10.10)。
しかし譲受人が、譲渡人の「代理人」として通知することは認められています(大判昭12.11.9)。代理の場合は、譲渡人の意思を受けて通知されるため問題はなく、実際にこの方法はよく用いられています。
2 債務者の承諾
譲渡人からの通知がなくても、債務者が承諾をすれば、譲受人は債権譲渡を債務者に対抗することができます。
承諾というのは「同意する」という意味ではなく、「譲渡の事実を知ったことを表明する」という意味です。債権譲渡を知っているということで、債務者がそれを「認めるかどうか」は関係ありません。
「通知または承諾がない」以上、たまたま債務者が譲渡の事実を知っていても、譲受人は債権譲渡を対抗できず、したがって、譲受人が債務者に履行請求しても、その債権の時効完成猶予の効力は生じません。
債権譲渡における債務者の抗弁
通知があれば、譲受人は債務者に債権譲渡を主張できますが、債務者は、その通知を受けるまで、つまり「対抗要件を具備するまで」に譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができます。
たとえば、次のような事由です。
- 契約の取消しや解除による債権の消滅
- 弁済による債権の全部・一部の消滅
- 同時履行の抗弁権の主張
3|第三者に対する対抗要件
譲受人が、新債権者となったことを「第三者」に対抗するには、通知・承諾が確定日付のある証書によってなされることが必要です。
1 「第三者」とは
「第三者」は、次の3者が重要です。
1 当該債権の二重譲受人
2 当該債権の差押債権者
3 当該債権の質権者
「第三者」でないのは、次の3者です。
これらの者に対しては、通知・承諾が「確定日付ある証書」でなされなくても、債権譲渡を対抗できるということです。
4 譲渡債権の保証人
5 抵当物の第三取得者
6 債務者の一般債権者
2 確定日付のある証書
債権者Aが、債務者Bに対する債権をCとDに相次いで譲渡しました。
債権の二重譲渡ですね。
譲受人CとDの優劣はどのように決めればいいでしょうか。
民法は、債権譲渡は、債務者への通知または債務者の承諾がなければ「債務者その他の第三者」に対抗できないと定めていますので、債権譲渡の優劣は、通知・承諾の先後で決まることとなります。
しかし、これだけでは、Dへの譲渡が遅い場合でも、A・B・Dが相談して「Cへの通知よりも先に来た」ということにすれば、Cの債権取得はDに優先されてしまいます。
譲渡の日付を都合のいいように不正操作できるというわけです。
これでは安全な債権取引が害されるので、通知・承諾の「日付を動かせないようにする」必要があります。
そこで民法はさらに、通知・承諾は確定日付のある証書によってしなければ第三者に対抗できないと定めたわけです。
「確定日付のある証書」というのは、代表的なものでは「内容証明郵便」や「公正証書」などがあります。
これらの証書は、郵便局長や公証人など職業的規律に服する人が、客観的な第三者の立場で日付を記載するので、取引当事者の不正によって日付を勝手に操作することが不可能となり、日付が法律上の権利を左右する場面では決定的な証拠力となります。
この結果、Cへの譲渡について「確定日付ある証書」で通知し、Dへの譲渡について「確定日付ある証書」によらないで、たとえば電話とかメールで通知すると、CがDに優先することとなり、債務者もCを真の債権者と認めなければならないのです。
ともに確定日付がある証書
債権譲渡の通知が、ともに「確定日付ある証書」によってなされた場合、その優劣は到達によって効力を生じます。
つまり、債権が二重譲渡され、ともに「確定日付のある証書」による通知があったときは、その優劣は「確定日付の先後」ではなく、通知が債務者に到達した日時の先後によって決定されます(最判昭49.3.7)。
確定日付ある譲渡通知と差押命令
「確定日付ある譲渡通知」と「差押命令の送達」は同じ効力を有するので、双方が債務者へ到達したときは、その優劣は、通知・送達の到達の先後によって決まります。
たとえば、差押債権者Xの差押命令の「到達前」に、先に「確定日付ある譲渡通知」が債務者に届いているときは、債権譲渡が優先するため、債務者は、Xの取立てに応じる必要はありません(最判平5.3.30)。
4|債権譲渡における相殺権
ここは大きく改正されたところです。
問題の所在は、たとえば、債権者が債務者に対して「代金債権」をもっていて、これを譲渡しようとするときに、実は債務者も債権者に対して「貸金債権」(反対債権)をもっているというような場合です。相殺できる状態にあるわけですね。
債権譲渡によって、譲受人は代金債権を取得するわけですが、債務者がもっている貸金債権によって相殺されてしまうのでしょうか。
相殺されれば、譲受人の代金債権はゼロになるかもしれません。
はたして「債務者が、相殺をもって対抗できるのはどのような場合か」。
それがここでの問題です。
新民法は、従来から錯綜していた「債権譲渡と相殺の関係」を整理し、次のように明らかにしました(469条)。
1 対抗要件を具備する前
まず、債務者は「対抗要件具備時より前」に取得した譲渡人に対する債権(反対債権=自働債権)による相殺をもって譲受人に対抗することができます(同1項)。
対抗要件具備というのは、通知・承諾のことです。
債権譲渡の通知・承諾がある前に、すでに債務者が反対債権を取得している場合は、譲受人の債権と相殺することができます。
受働債権と反対債権(自働債権)とが、「相殺適状にあるかどうか」や「弁済期の先後」は、一切関係ありません(最判昭50.12.8)。
判例は、相殺に対する債務者の期待保護を重視しているのです。
2 対抗要件を具備した後
債権譲渡の通知・承諾があった(対抗要件を具備している)のであれば、譲受人は有効に債権を取得しています。
普通に考えれば、旧債権者と債務者の間にはもう何もないわけで、対抗要件を具備した後に、債務者が旧債権者に対して「新たに債権を取得」しても、譲受人が譲り受けた債権とは何の関わりもなく、相殺が問題になる余地はないように思えます。
しかし、新民法は、債務者が「対抗要件具備時より後」に取得した旧債権者に対する債権であっても、その債権が、次の①・②であるときは、相殺をもって譲受人に対抗できるとしました(同2項)。
通知・承諾のあった後に取得・発生したものでも、相殺できるということです。
これも、相殺に対する債務者の期待を保護するためなのです。
① 対抗要件具備時より前の原因に基づき債務者が取得した債権
② 譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権
①の例としては、
たとえば、債権譲渡の対抗要件具備時より前に締結されていた「賃貸借契約」に基づき、対抗要件具備後に発生した「賃料債権」などです。
対抗要件具備時より前に債権の発生原因が生じている以上、相殺の期待も生じているのが通常であることから、相殺が認められているのです。
②の例としては、
譲渡債権の発生原因となった売買契約や請負契約などの「同一の契約」から、債務者の反対債権が発生した場合です。
たとえば、債務者の取得した反対債権が、売買や請負の契約不適合を理由とする「損害賠償請求権」であるときには、それが「対抗要件具備時より後」に生じたものであっても、譲受人の債権と相殺することができるのです。
これにより、たまたま債権譲渡が行われたことによって、債務者が相殺できなくなるという事態を防止し、相殺への期待をより広く保護することになるわけです。

対抗要件具備時より前に取得した債権で相殺できるのはもちろん、具備時後に取得した債権でも、相殺できる場合があるからね。
債権譲渡があったからといって、旧債権者と債務者の関係がスパッと切れるわけではなく、ズルズルと続いているんですね。
ポイントまとめ
1 債権譲渡の対抗要件は通知・承諾。
2 債権譲渡は、確定日付のある証書による通知・承諾がないと、第三者に対抗できない。
3 確定日付「ありの通知」と「なしの通知」では、「あり」が優先する。
4 両方とも確定日付ありのときは、日付ではなく「到達の先後」で決する。
5 差押命令の送達と確定日付による通知の双方が到達したときは、送達・通知の「到達の先後」で決する。
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6 債務者は「対抗要件を具備するまで」に譲渡人に対して生じた事由(①~③)をもって譲受人に対抗できる。
① 契約の取消し・解除による債権消滅
② 弁済による債権の消滅
③ 同時履行の抗弁権
7 債務者は「対抗要件具備時より前」に取得した譲渡人に対する債権による相殺を譲受人に対抗できる。
8 債務者が「対抗要件具備時より後」に取得した譲渡人に対する債権でも、その債権が、次の①・②であるときは、相殺を譲受人に対抗できる。
① 対抗要件具備時より前の原因に基づき債務者が取得した債権
② 譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権