|更新日 2023.2.25|公開日 2017.8.01

1|相殺制度

 相殺の意味と機能

 相殺は、日常的にもよく利用される制度ですから、イメージしやすいでしょう。

 Aさんが、Bさんに 100万円貸していて、同時にBさんもAさんに 30万円貸していれば、その返済は、実際に「現金の受け渡し」をしなくても、清算しようという意思表示だけで、Aさんは差額の 70万円貸していることにできます。

意 味
 このように、相殺というのは、2人の当事者が互いに同種の債務をもつ場合に、いずれかの一方的な意思表示によって双方の債務を対当額で消滅させる行為をいいます。

機 能
 相殺は、一方から相手方に対する意思表示によってしますので、簡単に決済できて大変便利ですが、もう1つ大きな機能は「かならず弁済が受けられる」という担保的機能があることです。
 現金のやり取りだと、自分が弁済しても相手が弁済する保証はありません。相殺制度があることによって、簡単に決済できるだけでなく、弁済が確実に受けられるわけです。

 自働債権と受働債権の区別

 相殺で注意すべきは、自働債権受働債権を正しく理解することです。

 相殺をしかける債権を「自働債権」、相殺される債権を「受働債権」といいます。

 A・Bともに債権者であり、同時に債務者でもある場合をみてみましょう。
相殺の双方債権
 Aが、その代金債権でBの貸金債権に相殺をしかけるときは、「代金債権」が自働債権で、Bの「貸金債権」が受働債権となります。
 反対に、Bが、その貸金債権でAの代金債権に相殺をしかけるときは、「貸金債権」が自働債権、Aの「代金債権」が受働債権となります。

 「どちらが相殺を主張するか」で変わってくるわけですね。

 相殺の要件

 相殺するためには、次の2つの要件が必要です。
 ① 相殺適状にあること
 ② 相殺の意思表示をすること

 1 相殺適状
 相殺に適した状況にあるには、次のことが必要となります。
 ① 当事者間で債権が対立している
 ② 双方の債務が同種の目的を有する
 ③ 双方の債務の弁済期が到来している

 試験対策としては、③の弁済期到来が重要です。

 弁済期にあること
 双方の債権がともに弁済期にあるときは、相殺できるのはもちろんですが、「常に双方が弁済期にある」ことは、相殺の要件ではありません。

下図で確認しておきましょう。
相殺,自働債権の弁済期

 Bが、自己の貸金債権を自働債権として、Aの代金債権=受働債権と相殺しようとする場合には、Bの貸金債権は「必ず弁済期が到来」していなければなりません。

 なぜなら、Bの貸金債権=自働債権の債務者であるAは、「弁済期までは支払う必要がない」という期限の利益を有しているので、まだ「弁済期が到来しない」ときに、債権者Bが一方的にその利益を奪う(相殺によって強制的に清算する)ことは許されないのです。
 期限は「債務者の利益のため」にあるわけですからね(136条)

 一方、「代金債権」の債務者でもあるBは、代金債務の「期限が到来していなくても」、自己の有する期限の利益を放棄して代金債務を弁済する、つまり相殺で決済することに何ら問題はありません。

 要するに、相殺をしかけるBの貸金債権=自働債権の弁済期さえ到来していれば、相殺されるAの「代金債権」については、弁済期が到来している必要はないのです。

 時効消滅した債権による相殺
 時効によって消滅した自働債権が、その消滅以前に受働債権と相殺できる状態相殺適状にあったときには、その自働債権で相殺することができます。

 すでに消滅した債権で相殺できるというのは、不思議ですが、これは「相殺できる状況にあった」ときには、とくに相殺の意思表示をしなくても、当事者は当然に清算されたように考えるのが通常であるため、この信頼を保護したわけです。

 2 相殺の意思表示
 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によって行います。

 相殺には遡及効がある
 相殺の意思表示をすると、双方の債務は、相殺適状を生じた時に「さかのぼって」効力を生じます遡及効。「相殺適状が生じた時の状態」で債権債務関係は決済されたと考えるのが、当事者の意思であり取引の実情であるからです。

 期限・条件はつけられない
 相殺の意思表示に「期限」をつけることはできません。いつ相殺しても相殺適状を生じた時にさかのぼって清算されるため、つけても意味がありません。
 「条件」をつけることも許されません。条件を付けると、いたずらに法律関係を複雑にするからです。

 履行地の異なる債務
 相殺は、意思表示によってするので、鹿児島・青森というように、双方の債務の履行地が異なるときでもすることができます。ただし、相殺をする当事者は、相手方に対し、これによって生じた損害を賠償しなければなりません。

2|相殺の禁止

 相殺禁止・制限特約

 当事者が、相殺を禁止したり制限すると意思表示した場合は、相殺は許されません。
 ただし、相殺禁止・相殺制限の特約は、善意かつ無過失の第三者に対抗することはできません。新民法は、この特約は「第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる」(505条2項)としています。

 不法行為等で生じた債権

 これは、不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止です。

 悪意の不法行為による損害賠償債権
 悪意による不法行為から生じた損害賠償債権を受働債権として相殺することは許されません。ここでいう「悪意」は故意では足りず、積極的な害意損害を与える意図まで要求されます。不法行為を「積極的に意欲」した場合に、相殺禁止とされます。

 これは、債権者による不法行為の誘発を防止するためと、被害者を現実に救済するためなのです。
相殺,不法行為債権
 たとえば、「貸金債権」の債権者Aが、金を返さない債務者Bに対して、腹いせに暴行して怪我をさせ、Bが取得した不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権として「貸金債権」で相殺する、という事態を防ぐわけです。

 もし相殺を許すと、被害者の損害賠償請求権は対当額で消滅してしまい、被害者救済が不十分となります。人の生存にかかわる救済は、必ず現実の弁済(つまり現金)でなされる必要があるのです。「薬代は現金で」ということです。

パトモス先生講義中

相殺を禁止しないと、怪我をしたうえに治療費ももらえない、という悲劇を招くのです。

 過失の不法行為による損害賠償債権
 したがって同じ不法行為でも、債権者の過失による不法行為、たとえば交通事故で生じた債務者の物的損害については、相殺を認めてもこうした趣旨に反することはなく、その方が簡便な決済ができるといえます。

 改正前民法のように、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を「すべて禁止する」必要はないのです。

 生命・身体の侵害による損害賠償債権
 ただし、人の生命や身体の侵害による損害賠償債権を受働債権として相殺することは許されません。人の生命や身体はとくに保護の必要性が高いので、「不法行為」だけでなく、安全配慮義務違反などの「債務不履行」に基づく損害賠償債権も、相殺禁止です。

 差し押さえられた債権

 これは、差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止です。
 相殺できるかどうかは、受働債権の「差押えの前後」で異なります。
相殺と差押債権
 差押え後に取得した債権
 Aの「代金債権」が差し押さえられた後に、Bが、Aに対して「貸金債権」を取得した場合には、この債権による相殺はできず、差押債権者Cに対抗することはできません。
 先に差し押さえられたAの代金債権は、Cに弁済すべきで、これは差押債権者の利益を考慮したためです。

 差押え前に取得した債権
 一方、Cが差し押さえる前に、すでにBが「貸金債権」を取得していれば、この債権による相殺をもってCに対抗できます。

 要するに、Bの自働債権=貸金債権の取得が、Aの受働債権=代金債権の「差押えの前後」かどうかで区別して、差押債権者と債務者との利益を調節しているのです。



宅建民法講座|テーマ一覧