|更新日 2023.2.25|公開日 2017.07.22

1|債務不履行と損害賠償

 債務不履行があっても損害を生じないときは、賠償請求することはできません。
 債務者の債務不履行(履行遅滞や履行不能など)によって損害が生じたときに、債権者は、債務者に対してその損害の賠償を請求することができるわけです。

 ただし、債務不履行が「契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由、つまり債務不履行が債務者の責任ではない事由のときは、損害賠償責任は生じません。損害賠償責任は、債務不履行が、債務者の責めに帰すべき事由によって生じたときに発生するわけです。責めに帰すべき事由は帰責事由ともいい、債務者の故意・過失、あるいは「信義則上これと同視すべき事由」をいいます。

 損害賠償は金銭に見積もってなされるので、債権者にとって簡便で有力な救済手段となります。

 遅延賠償と填補賠償

 遅延賠償
 債務者の履行遅滞によって損害が生じたときは、債権者は、損害賠償として遅延賠償を請求することができます。履行遅滞の場合は、まだ本来の債務は履行が可能なので、債権者は、①本来の履行とともに、②遅延賠償を請求することになります。
 債務者は、本来の履行と遅延賠償を提供してはじめて債務の本旨に従った履行をしたことになるわけです。

 填補(てんぽ)賠償
 填補賠償というのは、本来の履行に代わる損害賠償のことで、履行遅滞・履行不能ともに認められます。

 履行遅滞の場合
 履行遅滞があった場合、債権者は、相当の期間を定めて履行を催促し、その期間内に履行がないときは契約を解除できます。債権者は、契約を解除して「本来の履行に代わる」填補賠償を請求することとなります。

 履行不能の場合
 履行不能の場合には本来の債務が消滅するので、その損害賠償は「本来の履行に代わる」填補賠償が中心となります。
 填補賠償は、次の3つの場合に認められます。新民法で明文化されました。
 ① 履行不能であるとき
 ② 債務者が、債務の「履行を拒絶する意思」を明確に表示したとき
 この表示は、履行期の前後を問いません。
 ③ 契約が解除されたり、債務不履行による契約の解除権が発生したとき
 契約が合意解除された場合や、履行催告後相当期間が経過したような場合です。

 損害賠償の範囲

 損害はどの範囲まで賠償すべきでしょうか。

 因果関係があること
 当然のことですが「債務不履行」と「損害の発生」との間に因果関係、つまり、原因・結果の関係があることが必要です。「債務不履行が原因で、その結果損害が生じた」場合でなければ賠償請求はできません。

 債務不履行=原因
 
 損害の発生=結果 

 通常損害と特別損害
「風が吹けば桶屋(おけや)がもうかる?」  因果関係は、さかのぼると際限がありません。たとえば、売主による建物の引渡しが「履行遅滞」となっているので、その履行があるまで、買主が家賃を払って「マンション住まい」をしていたところ、隣室の類焼に巻き込まれて「多くの家財道具を焼失」したというような場合、履行遅滞という債務不履行(原因)がなければマンション住まい(結果)もなく、マンション住まい(原因)がなければ家財道具の焼失(結果)もなかっただろうということで、さかのぼればキリがなくなります。
 はたして、建物引渡しの履行遅滞が原因で、家財道具の焼失という損害(結果)が生じたといえるのかどうか、なかなか難しいところです。

 そこで民法は、因果関係によって際限なく拡大する損害について、当事者間の公平を図るという損害賠償制度の趣旨から、次のように、損害賠償の範囲を定めています。

 通常損害|主観的事情は関係なし
 通常生ずべき(相当因果関係にある)損害  通常損害というのは、債務不履行によって「通常生ずべき損害」、つまり、債務不履行と相当因果関係にある損害をいいます。
 したがって、当事者が「損害を予見できたかどうか」という主観的事情は考慮されません。客観的にみて通常生ずべき損害であれば、当事者が、損害発生を「予見していた」場合に限らず、予見していない場合でも、賠償責任が生じます。

 特別損害
 予見すべきであった損害  特別損害は、特別の事情によって生じた損害のことです。このような損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったとされれば、因果関係ありとされ賠償責任が生じます。
「予見すべきであった」というのは、債務者が、①予見していた場合だけでなく、②予見することができた予見可能性を含みます。
 通常損害と異なり「主観的事情」が考慮されます。
 なお、予見可能性の時期は「契約の締結時」ではなく、債務不履行時とするのが判例です(最判昭47.4.20)

1歩前へ  消滅時効
 損害賠償請求権の消滅時効は、いつから進行を開始するか。判例は、債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求できる時(履行期など)から進行するとしています(最判平10.4.24)。損害賠償請求権は、本来の履行請求権の内容の変更であって、両者は法的に同一性を有するからです。

 過失相殺

意 味 債務者の責任を軽減
 相手にも責任があるじゃないか!  過失相殺というのは、債権者の過失も考慮することです。債務者の債務不履行によって損害賠償責任が発生した場合に、債権者にも過失があるときは、債務者の責任を適切に軽減するわけです。債権者の過失によって生じた損害を、債務者に賠償させることは不公平だからです。
 注意すべきは、債務不履行による損害の発生または拡大について過失があったときも考慮されることです。
 過失相殺は、不法行為でも認められています(双方の不注意による交通事故など)。

効 果 必ず考慮される
 債務不履行における過失相殺は、債権者に過失があれば必ず考慮しなければなりません。当事者が「過失相殺する」旨の主張をしなくても、裁判所が職権で「債権者に過失あり」と認定すれば、必ず過失相殺しなければならないのです(最判昭43.12.24)
 なお、不法行為における過失相殺は任意的ですが、運営上はほとんど考慮されます。

2|賠償額の予定

意 味 損害賠償額を事前に決める 
 賠償額の予定というのは、前もって契約で「債務不履行に備えて賠償額を定めておく」ことをいいます。損害賠償責任の問題は非常に複雑で、事案によっては、裁判で5年も10年もかかってしまいます。これは当事者には耐え難いものですから、あらかじめ「損害賠償額を定めておく」というのが通例です。

趣 旨 一律に解決するため
 賠償額を予定しておけば、債権者は「債務者の債務不履行の事実」を証明するだけで約定の賠償額を請求することができます。「損害があったかなかったか」という損害の有無や、「実際の損害額はいくらだったか」などの立証を問題とせずに、一律に解決するという趣旨でなされるのです。

 証明の範囲 
 債務不履行の事実だけ、実際の損害額は考慮されない  債権者は「債務者に履行遅滞があった」という客観的な債務不履行の事実が生じたことを証明するだけでよく、それが「債務者の責めに帰すべき事由による」とか、また「損害の発生」や「実際の損害額」を証明する必要はありません。

 証明しても増額・減額できない
 債権者は、実際の損害額が「予定額より大きい」ことを証明しても増額請求はできません。債務者は、実際の損害額が「予定額より少ない」ことを証明しても減額請求はできません。過失の有無・損害の有無・損害額について、一切の紛争を避けるというのが当事者の意思なので、これを尊重したわけです。
 ただし判例は、あまりに苛酷な予定額については、暴利行為として公序良俗違反(90条)を理由に、全部または一部を無効としたり、または減額できるとしています。

 債務者の免責
 賠償額の予定は、債務不履行が成立する場合の問題なので、債務者は、自己の債務不履行について「責任がない=帰責事由がない」ことを立証すれば免責されます。

 過失相殺できる
 判例は、債務不履行について「債権者に過失」があったときは、特段の事情のない限り、裁判所は、損害賠償の責任およびその金額を定めるについて、その過失を考慮すべきとしています(最判平6.4.21)
 賠償額の予定は、過失相殺を排除する趣旨までは含んでいないのです。

 違約金との関係 
 賠償額の予定と推定される  違約金は、債務不履行があった場合に備えて約定される一種の制裁金ですが、いろんな内容をもっているため、民法は「違約金は、賠償額の予定と推定する(420条3項)としています。したがって「違約金 1,000万円」と定めると、1,000万円は賠償額の予定と推定されるため、賠償額の予定ではないと主張するためには、反証をあげて「推定そのもの」をくつがえす必要があります。
 反証がない限り賠償額の予定として扱われるため、実際の損害額が違約金よりも少ないことを立証しても、違約金の減額を求めることはできません。

3|金銭債務の特則

意 味 金銭の支払い
 金銭債務というのは、「代金 1,000万円の支払い」「借入金 500万円の返済」というように、一定額の金銭の支払いを目的とする債務です。
 試験で出題されているのは、売買契約の代金(代金債権)とか、賃貸借契約の賃料(賃料債権)、債務不履行や不法行為による損害賠償金(損害賠償請求権)などです。
 金銭債務は、その内容が金銭の支払いであることから、次のような特例があります。

 返済時期  金銭消費貸借(金銭の貸し借り)で「返済時期を定めなかったとき」は、借主はいつでも返済することができますが、「貸主」が返済を請求する場合には、相当の期間を定めて催告する必要があります。

 損害の証明はいらない  売買代金や賃料などの金銭債務の不履行(履行遅滞)があった場合、債権者は現実に発生した損害の証明をしなくても、損害賠償を請求できます。
 損害の証明は不要で、債務不履行があった事実を立証するだけでいいのです。

 不可抗力を抗弁にできない  金銭債務の不履行については、債務者は不可抗力を理由にして抗弁することができません。「期日までに支払いができなかった」という債務不履行が、不可抗力によるものであること(たとえば、集中豪雨で列車が遅延したために間に合わなかったなど)を証明しても、賠償責任を免れることはできないのです。

 遅延損害金の利率 
 法定利率は年3パーセント  金銭債務の債務不履行があった場合の損害賠償額(遅延損害金)は、とくに約定がなければ、法定利率とされます。法定利率は、新民法により年3パーセントに改正されました。



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