|更新日 2023.3.15|公開日 2017.07.12

1|時効制度

 時の経過によって権利が変動する制度  所有権の取得とか、賃借権の設定などの「権利変動」は、通常は契約や相続などで生じますが、時効は「時の経過によって権利変動が生じる」という制度です。
 たとえば、Aが、Bの甲土地を「使用する権利がない」のに、長期間占有(家を建てて住むなど)していたので、Bが、甲土地の明渡しを求めて訴訟を起こした場合に、Aが取得時効の完成を主張すると、Aは時効により甲土地の所有権を取得します。
 また、Cに 100万円を貸しているDが、長期間経過後に返済を求めて訴訟を起こした場合に、Cが消滅時効の完成を主張すると、Dの 100万円の債権は時効により消滅します。

意 味 このように時効は、ある人が所有者であるかのような事実状態、あるいは、借金をしていないような事実状態が長期間継続した場合に、その「事実状態をそのまま権利関係」と認めて、「真の」所有者や債権者がいても、もはやその主張を許さないという制度なのです。

 時効の種類

 時効には、次の2種類があります。

・取得時効
 = 一定期間「物の占有を継続する者」にその権利を取得させる時効
・消滅時効
 = 一定期間「権利を行使しない者」にその権利を消滅させる時効

 時効は何のためにある?

 主に2つの理由があります。

 1 法律関係の安定を図る
 取得時効  長期間継続した事実状態を「もとの権利関係に引き戻す」ことは、その「事実状態の上」に築き上げられた法律関係をすべてくつがえすこととなり、法律関係の安定を妨げることになります。継続した事実状態をそのまま権利関係とするのが正当だと考えられる場合があるのです。

 2 権利の上に眠る者は保護に値せず
 消滅時効  権利を有しながら、長期間その権利を行使しなかった者は「権利の上に眠っている」怠慢な権利者であり、法の保護を受けるに値しないとされ、その権利を消滅させます。この点は、後述する「時効の完成猶予・更新」に関係しています。

ワンポイント
時効制度は、遠い昔のローマ時代から今日まで約 2000年以上にわたって存在してきました。やはり、上記のような合理的と考えられる理由があって、時効制度を認めないと困るからなのです。

 時効の遡及効

 時効の効力は、その起算日にさかのぼる  時効が完成すると、その「効果」として権利を取得したり、権利が消滅しますが、この効果は時効期間の最初の時、つまり起算日にさかのぼります。この効力を遡及効(そきゆうこう)といいます。
 時効は、継続した事実状態をそのまま権利関係とする制度なので、遡及効を認めなければ論理が一貫しませんね。
時効の遡及効
 たとえば、「20年間」占有した他人の土地の所有権を時効取得する者は、B時点で時効が完成すれば、「20年前の起算日A(占有開始時)から所有権者であった」こととなります。「B時点から所有権者となる」のではありません。

 起算点は勝手に操作できない  時効期間は「時効が開始した時」を起算点としなければならず、当事者が起算点を自由に選択して、時効の完成時期を「早めたり遅らせる」ことはできません(最判昭35.7.27)

2|時効の援用と時効利益の放棄

 時効の援用

意 味 時効の成立を主張すること
 時効の援用というのは、時効によって利益を受ける者が「時効により権利を取得した・時効により権利が消滅した」というように、「時効の利益を受ける」意思を表示して、時効の成立を主張することです。
 当事者が「時効を援用しない」ときは、裁判所は、時効を理由として裁判することはできません。借金の返済を求められた債務者が、裁判で「消滅時効が完成したから借金は消滅した」というように、時効の援用があってはじめて、債務の消滅という効果が生じます。時効期間が満了したら、「当然に権利の取得・消滅が生じる」というわけではありません。

 援用は当事者の自由  時効を援用するかどうかは、当事者の自由です。誰からも強制されません。時効によって借金が帳消しになったのに、「いや払います」というように、時効の利益を受けることをいさぎよしとしない人に、それを押しつけることは適切ではないからです。その人の「道徳心を尊重」したわけです。

 時効の援用権者

意 味 時効の援用権者は当事者
 時効を援用できる「援用権者」は、当事者です。「当事者」というのは、「所有権を時効取得した者」や「消滅時効により債務を免れた者」など、時効によって「直接に利益を受ける者」をいいます。また「消滅時効」の場合には、権利の消滅について「正当な利益を有する者」も、「当事者」として援用権を有します。

援用権者は当事者

直接に利益を受ける者
正当な利益を有する者



 具体的には、次の3者が重要です。
 ① 保証人および連帯保証人  
 ともに「主たる債務」の消滅時効を援用することができます。
 ② 物上保証人  
 債務者の債務の消滅時効を援用することができます。物上保証人は、債務者の債務のために自分の不動産に抵当権等を設定しており、重大な利益を有しているので、債務者の「債務の消滅時効」について正当な利益を有するのです。
 ③ 抵当不動産の第三取得者  
 抵当権が設定された不動産を購入した第三取得者(買主)は、抵当権によって担保されている債務が消滅すれば、抵当権も当然に消滅するため(担保物権の付従性)、「債務の消滅時効」について正当な利益を有します。したがって、債務の消滅時効を援用して抵当権の消滅を主張することができます。

1歩前へ
 援用権がある者
 ① 抵当権者、地上権者  たとえば、Aの甲地を長年占有したことによりその所有権を時効取得するBと、甲地上に抵当権や地上権などを設定したCは、Bの取得時効について援用権があります。Bが取得時効を援用しないときは、Bは所有権を取得しませんが、Cは独自に「Bの取得時効」を援用して、Aの甲地上に、抵当権や地上権を有することができます。
 ② 詐害行為の受益者  債務者が、その財産を減少させる「詐害行為」をしたときに、その詐害行為により財産を譲り受けた受益者は、債権者が詐害行為を取り消せば自分の利益を失うことになります。つまり、受益者は、債権者の債権が時効消滅すれば、自己の利益を失うことはなくなり、この点に正当な利益を有するので、「債権の消滅時効」を援用することができます(最判平10.6.22)

 援用権がない者
 ① 建物賃借人  土地の所有権を時効取得すべき建物賃貸人から、建物を貸借しているにすぎない建物賃借人は、建物賃貸人による土地の取得時効によって直接利益を受ける者ではないので、「建物賃貸人の取得時効」を援用することはできません(最判昭44.7.15)
 ② 後順位抵当権者  先順位抵当権者の被担保債権が時効消滅すれば、後順位抵当権者の順位が繰り上がりますが(順位昇進の原則)、後順位抵当権者は、これによって権利の喪失を免れるという利益を有するものではなく、順位上昇による配当額の増加という反射的な利益を受けるにすぎないので、先順位抵当権者の「被担保債権の消滅時効」を援用することはできません(最判平11.10.21)
 ③ 一般債権者  一般債権者には、債務者の財産を責任財産とする「債権の消滅時効」について固有の援用権は認められません(大審昭12.6.30)

 時効利益の放棄

 あらかじめ放棄できない  「時効完成前」に時効の利益を放棄することはできません。放棄しても無効です。放棄を認めると、たとえば、金銭を貸す際に、債権者が債務者を強要して「この債務については時効の利益を放棄します」という特約がなされ、債務者も立場の弱さから承諾してしまうという弊害が生じるからです。
 一方、「時効完成後」の時効利益の放棄は、有効です。

注 意  時効完成後の債務承認
 「債権」の消滅時完成後に(借金が帳消しになったのに)、債務者が「債務の承認」(支払いの延期を求めたり、債務の一部を弁済するなど)をした場合には、債務者は、もはや完成した消滅時効を援用することはできません
 債務者は「時効完成の事実」を知らなかったとしても、債務を承認した以上、債権者としては「債務者は、もう時効の援用をしない趣旨だろう」と考えるため、援用を認めないことが信義則に照らし相当とされます(最判昭41.4.20)

 時効の相対効

 当事者間だけに生じる  時効に関する事由は、それが問題となった当事者間だけに効力を生じます(相対的効果)
 ① 時効の完成猶予・更新  これらの事由が生じた当事者(およびその承継人)の間においてのみ効力を有します。
 ② 時効の援用  時効を援用した者とその相手方の間においてのみ効力を有します。
 ③ 時効利益の放棄  放棄した者とその相手方の間においてのみ効力を有します。
 時効を援用するか放棄するかは、当事者の意思に任せられるべきものなので、援用・放棄した本人だけに効力が生じるのです。したがって「債務者」が時効利益を放棄しても、債務者の「保証人」は時効利益を援用して時効消滅を主張できるし、同様に「物上保証人」「抵当不動産の第三取得者」も、時効利益を援用することができます。

3|時効の完成猶予と更新

 前述したように、消滅時効の趣旨は、権利者が長期間その権利を行使しないのは「怠慢な権利者」であって、法の保護に値しないとして、その権利を消滅させることにありました。この趣旨からすると、消滅時効がまだ完成せずに、つまり消滅時効が進行中で「まだ権利が存続している状態」で、権利の行使があったり、権利の存在が明確になった場合には、時効によって権利を消滅させる理由はありません。権利はそのまま存続していい(消滅時効の完成を猶予していい)わけです。
 こうした点を念頭に、時効の完成猶予と更新をみておきましょう。

 時効の完成猶予の意味・事由・効果

意 味 時効の完成猶予というのは、「権利の行使らしい事由」があったために、進行中の時効を一時ストップさせて「消滅時効が完成しないようにする」ことです。

事 由 主な完成猶予事由
 以下は、それぞれ、権利の行使だったり、権利の存在が明確になる事由です。これらの事由(完成猶予事由)があったときは、一時的に時効の完成が猶予されます。

 裁判上の請求  裁判所に訴えを提起する(訴訟を起こす)ことです。売主が、買主に対して「代金の支払いを求めて」裁判を起こすのが、典型例です。

 支払督促  債権者の申立てによって、裁判所書記官が行う督促手続です。明確な権利の行使といえます。

 和解・調停  訴え提起前の和解は、裁判所が関与する「裁判上の和解」で、和解が成立すると和解調書が作成され、これは確定判決と同一の効力を有します。権利の存在が明確になります。

 破産手続参加等  債務者の破産手続の進行中に、債権者が配当に加入するために破産債権の届け出をすることです。これも明確な権利の行使です。

効 果 時効の完成が猶予される  
 完成猶予事由が生じると、その「事由が終了するまでの間」つまり、その事由の手続中は時効は完成しません。
 「裁判上の請求」をした場合は、裁判手続が終了するまでの間は時効は完成しないのです。「権利行使が正当かどうか」「本当に権利が存在するかどうか」が、手続中は明らかではないために、その間は、時効の完成を一時停止させるわけです。
 「強制執行・抵当権実行・競売」などの申立てがあった場合も、同様の扱いです。

 時効の更新

 手続が終了(完成猶予事由が終了)すると、進む方向は2つです。

 権利が確定した/裁判に勝った
 時効が更新される  確定判決(または和解など確定判決と同一効力を有するもの)によって権利が確定したときは、消滅時効は「完成猶予事由が終了した時」から新たに進行を開始します。時効によって消滅しそうだった権利が、裁判により正当な権利行使と認められたからです。
 これを「時効の更新」といい、今まで進行してきた消滅時効の期間が「0」になり、時効は新たに進行を開始するのです。

 権利が確定しなかった/裁判に負けた
 更新されないが6か月猶予される  確定判決等によって権利が確定することなく猶予事由が終了した場合は、終了時から6か月の間、時効の完成が猶予されます。
 しかし結局は、裁判により正当な権利行使等と認められなかったので、6か月が過ぎると、消滅時効は、そのまま引き続き進行することとなります。

注 意  訴えの取下げ・却下
 「訴えが取り下げられた」場合は、権利については審理されないため、確定判決等によって権利が確定することはないので、時効が更新されることはありません。
 「訴えの却下」は、訴えの内容を審理せずに不適法として門前払いをすること。これも、権利については審理されないため、確定判決等によって権利が確定することはなく、したがって、時効の更新の効力は生じません。
 これらの事由は、今まで進行してきた時効期間が「0」になることはなく、6か月後に消滅時効が完成します。
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一時ストップするのは完成猶予、リセットされて「新たに再スタート」するのは更新

 債務者の承認による時効の更新
 債務者が「債権者の権利を承認」したときは、その権利の存在が明確になるので、「承認の時」から、時効は新たに進行を開始します(時効の更新)。
 なお、権利の承認(債務の承認)をするには、相手方の権利についての処分につき「行為能力の制限を受けていないこと」(行為能力者であること)は必要ではありません。「被保佐人」が、保佐人の同意を得ずにその権利を承認しても時効は更新されます。

 更新なしの完成猶予

 6か月は猶予される  以下の事由は「単独」では時効の完成を猶予するだけで、時効の更新はありません。

 仮差押え・仮処分  これらは「仮」とあるように、一時的に強制執行を保全する手段であることから、その手続終了時から6か月の間は、時効の完成が猶予されます。

 催 告  催告というのは、裁判手続によらない「裁判外の請求」で、日常用語でいう請求です。所有者が占有者に土地の返還を請求したり、債権者が債務者に弁済を請求するというように、「履行を請求」することです。
 催告があったときは、その時から6か月は時効の完成が猶予されます。催告によって時効の完成が猶予されている間に「再度の催告」をしても、完成猶予の効力はありません。催告をくり返すだけではダメなのです。催告しても、6か月以内に「裁判上の請求等」による補強がなされないと、消滅時効は完成します。

 「協議を行う旨の合意」による時効の完成猶予

 一定の法定期間は猶予される  「権利についての協議を行う旨の合意」が書面でなされたときは、一定の法定期間は、時効の完成が猶予されます。電磁的記録による合意も「書面による合意」とみなされます。
 これは、時効の完成直前まで、当事者間で代金支払いに関する協議が続いているときに、もうすぐ話合いがまとまる可能性があるのに、消滅時効を完成させないためだけに「訴えを提起」しなければならないというのでは、円滑な協議を妨げることになるからです。訴えの提起をせずに協議を継続することは、当事者双方の利益となるのです。

 夫婦間の権利の時効の完成猶予

 婚姻解消の時から6か月猶予  夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、「婚姻解消の時」から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。



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