|公開日 2017.5.10


【問 1】 AがBに対して100万円の金銭債権、BがAに対して100万円の同種の債権を有する場合の相殺(AB間に特約はないものとする。)に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。

 Aの債権が時効によって消滅した後でも、時効完成前にBの債権と相殺適状にあれば、Aは、Bに対して相殺をすることができる。

 Aの債権について弁済期の定めがなく、Aから履行の請求がないときは、Bは、Bの債権の弁済期が到来しても、相殺をすることができない。

 Aの債権が、Bの不法行為によって発生したものであるときには、Bは、Bの債権をもって相殺をすることができない。

 CがAの債権を差し押えた後、BがAに対する債権を取得したときは、Bは、Aに対して相殺をすることができるが、それをもってCに対抗することはできない。

(平成7年 問8)



[解説&正解]

 正しい  [時効消滅した債権で相殺できるか]*508条
Aの金銭債権がすでに時効消滅していた場合でも、その消滅時効完成前に、Bの金銭債権と相殺できる状態(相殺適状)にあったときは、Aは時効消滅した債権で相殺することができる。
これは相殺制度に基づく特別の理由によるもので、互いの債権が相殺できる状態にあるときは、当事者はとくに意思表示をしなくても、当然に清算されたように考えているのが通常と推測されるため、民法はこの期待を保護したのである。


 誤り   [相殺に用いる自働債権の弁済期]*505条、大判昭8.9.8
Aの債権(Bの債務)について、「弁済期の定めがなく」また「履行の請求がないとき」には、Bの債務はまだ弁済期が到来していない。
この場合、Bは期限の利益を放棄して、いつでも弁済できる状態にあるから、Bの自働債権(Aの債務)の「弁済期が到来」していれば、直ちに相殺することができる。

 相殺

※ Bが相殺に用いる自働債権の債務者であるAは、弁済期までは支払う必要がないという期限の利益をもっているから、Bの自働債権は、必ず弁済期が到来していなければならない。
でないと、相殺することによってAの期限の利益を一方的に奪ってしまうことになるから


 正しい  [不法行為債権に対して相殺できるか]*509条
被害者Aの債権が、加害者Bの不法行為によって発生した損害賠償請求権であるときは、Bは、自己の金銭債権を相殺に用いて、損害賠償請求権を対当額で消滅させることはできない。
不法行為の被害者には、必ず現実の弁済が得られるよう保障するためで、加害者からの相殺による決済は許されないのである。
「薬代は現金で」(=不法行為による損害賠償債務は必ず現金で弁済せよ)ということなのである。

 不法行為債権と相殺


 正しい  [差し押さえられた受働債権に対して相殺できるか]*511条
差押債権者CによってAの債権が差し押さえられた後に、Bが、Aに対する債権を取得しても、この債権による相殺をもって、Cに対抗することはできない。
これは、差押え後に反対債権を取得しても相殺による清算を期待することは許されないという趣旨で、先に差し押さえられたAの債権(Bの債務)は、Cに弁済すべきことになるからである。

 相殺と差押え債権


[正解] 2


■ワンランク・アップ  [不法行為債権(自働債権)による相殺はOK]
不法行為の被害者は、その損害賠償請求権を自働債権として、自己の債務と相殺することはできます。
損害賠償請求権を受働債権とする相殺が許されないのは、被害者に現実の弁済を保障するためですから、被害者の方で相殺による決済を望んでいれば(裕福な被害者のように)、これを認めても支障はないのです(最判昭42.11.30)
相殺は便利な制度(簡易決済・債権担保)ですが、両当事者は結局「現金を手に入れることはできない」結果になります。したがって、「必ず現金で支払わなければならない」ような性質を有する債務(給料、退職金、年金など)を負担する者は、たとえ反対の債権を取得しても、その債権で相殺することは許されないという制限を受けることになるのです。

■しっかり読んでおきたい重要条文
*505条(相殺の要件等)
1 2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
*508条(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。
*509条(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
債務が不法行為によって生じたときは、その債務者(加害者)は、相殺をもって債権者(被害者)に対抗することができない。
*511条(支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。


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【問 2】 Aは、B所有の建物を賃借し、毎月末日までに翌月分の賃料50万円を支払う約定をした。またAは敷金300万円をBに預託し、敷金は賃貸借終了後明渡し完了後にBがAに支払うと約定された。AのBに対するこの賃料債務に関する相殺についての次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、正しいものはどれか。

 Aは、Bが支払不能に陥った場合は、特段の合意がなくても、Bに対する敷金返還請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができる。

 AがBに対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有した場合、Aは、このBに対する損害賠償請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできない。

 AがBに対して商品の売買代金請求権を有しており、それが平成16年9月1日をもって時効により消滅した場合、Aは、同年9月2日に、このBに対する代金請求権を自働債権として、同年8月31日に弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできない。

 AがBに対してこの賃貸借契約締結以前から貸付金債権を有しており、その弁済期が平成16年8月31日に到来する場合、同年8月20日にBのAに対するこの賃料債権に対する差押があったとしても、Aは、同年8月31日に、このBに対する貸付金債権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができる。

(平成16年 問8)



[解説&正解]

 誤り   [敷金返還請求権による相殺]*505条1項
相殺に用いる自働債権は、必ず弁済期にあることが必要だが、敷金については、「賃貸借終了後明渡し完了後」に支払うという約定があるので、敷金返還請求権(Bの債務)の弁済期はまだ到来していない。
したがって賃借人Aは、賃貸人Bが支払不能になれば直ちに敷金を返還するというような「特段の合意」がない以上、敷金返還請求権を自働債権として、賃料債務と相殺することはできない。

 相殺と敷金返還請求権


 誤り   [不法行為債権による相殺]*509条、最判昭42.11.30
被害者Aは、不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権として、自己の賃料債務と相殺することができる。
不法行為者の方から、被害者の損害賠償請求権を受働債権とする相殺が許されないのは、被害者に現実の救済を受けさせるためだから、被害者の方で相殺による決済を望んでいれば、これを認めても支障はないのである。


 誤り   [時効消滅した債権で相殺できるか]*508条
互いの債権が相殺適状にあった後に、一方の債権が時効によって消滅しても、その債権で相殺することができる。
Aの売買代金請求権が、9月1日に時効消滅した場合でも、消滅以前の8月31日には、Bの賃料債権と相殺適状にあったのだから、Aは売買代金請求権を自働債権として、賃料債務と相殺することができる。


 正しい  [差押前に取得した自働債権による相殺]*511条、最判昭45.6.24
難問だが、基本的な問題の選択肢1~3が「誤り」だと理解できていれば、消去法で正解できる。

8月20日にBの賃料債権(受働債権)が差し押さえられても、その差押え前から、Aが貸付金債権を有していれば、Aはこれを自働債権として賃料債務と相殺することができる。
民法511条は、受働債権の差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できないと規定しているが、これは差押債権者の利益を考慮したからである。

したがって、Aの貸付金債権が、Bの賃料債権の差押え後に取得されたものでない限り、自働債権・受働債権の弁済期の前後を問わず、8月31日に相殺適状に達しさえすれば、差押後であっても、貸付金債権を自働債権として相殺することができる。
差押えの前後で区別して、差押債権者と第三債務者Aとの利益の調節を図ったのである。
※ 「弁済期」に惑わされないように

[正解] 4


■ワンランク・アップ
1 履行地の異なる債務の相殺
相殺は、双方の債権を対当額において消滅させる意思表示ですから、鹿児島、青森というように、債務の履行地が異なるときでも、することができます。
2 相殺の遡及効(506条)
相殺の意思表示をすれば、その効果は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時(相殺適状が生じた時)にさかのぼって生じます(遡及効)。
相殺適状が生じればその時に、当事者には相殺に対する期待(対当額で清算されるという期待)が生じているのが通常ですから、民法は、この期待を保護したのです。
また、相殺の意思表示に「いつから効力を生じる」というような期限を付けることはできません。相殺の効果は遡及しますから、期限を付けても意味がないのです。


(この項終わり)